さよならの代わりに授かった宝物

強制的に連れ戻された場所は、二年前のあのマンションではなかった。
都心の超高層階に位置する、厳重なセキュリティに守られたペントハウス。

萌香は豪華なソファの隅で、小さく震える蓮を胸に抱き寄せながら、正面に腰掛ける男――冷徹な警視・高畑勇気を睨みつけていた。

「……そんなに警戒するな」

勇気はネクタイを緩めながら、低く言った。

「俺が、子どもにまで手を出すような男に見えるか?」

その声音には、わずかな疲労と、苛立ちの裏に隠れた気遣いが混じっていた。
彼はテーブルに置かれた蓮のおもちゃ――安っぽいミニカーを指先で軽く弾く。

この二年間。
萌香を失った喪失感を埋めるように、勇気は仕事だけに没頭してきた。
地位も権力も手に入れたが、心の空白だけは埋まらなかった。

――そして今。
ようやく取り戻した萌香の隣には、知らない子どもがいる。

それが、どうしようもなく胸をざわつかせていた。

「おじちゃん、だれ?」

萌香の腕の中から、蓮が小さく問いかける。

勇気は一瞬、言葉を失う。
あまりに真っ直ぐな視線に、どう答えるのが正解か分からなかった。

「……今日から、ここにいる男だ」

少し考えて、そう答える。

「ママのおともだち?」

「……まあ、そんなところだ」

勇気の口調が、わずかに柔らぐ。

「パパ?」

その言葉に、萌香の心臓が強く跳ねた。

勇気は一瞬、視線を逸らし、低く息を吐く。

「……違う」

だが、先ほどまでの氷のような拒絶はない。

「少なくとも……今はな」

萌香は思わず息を呑む。
完全に突き放さなかったことに、かえって動揺してしまう。

蓮は勇気の反応を気にする様子もなく、よちよちと近づいた。

「おじちゃん、くるま、すき?」

差し出されたのは、蓮が一番大切にしているパトカーのミニカー。

勇気は思わず眉を上げる。

「……それ、貸していいのか」

「うん! だいじなやつ!」

その無邪気な言葉に、勇気の指が一瞬止まる。
凶悪犯を制圧してきたその手が、小さな玩具を前に、ひどく不器用になる。

「……嫌いじゃない。
仕事で、本物に乗ることもある」

「ほんもの!? すごい!
ぼくもね、おおきくなったら、おまわりさんになるの!」

「……そうか」

勇気は小さく笑った。

「なら、悪いことはするな。
約束だ」

「うん!」

屈託のない笑顔。
その表情が、かつて萌香にだけ向けられていた――あの微笑みに、あまりにも似ていることに、勇気自身が気づいていない。

無意識のまま、勇気は蓮の柔らかな茶髪にそっと触れる。

「……お前……」

指先に伝わる体温に、胸の奥がざわりと揺れた。

――なぜだ。
他人の子のはずなのに。

「萌香」

低い声で、名を呼ばれる。

「……この子の父親は、どうしている」

萌香は一瞬だけ迷い、静かに答えた。

「……いません。この子は、私の子です」

勇気はそれ以上、踏み込まなかった。
ただ短く息を吐き、立ち上がる。

「……いいだろう」

出口へ向かいかけて、ふと足を止める。

勇気は蓮のミニカーを手に取り、デスクの上――一番目につく場所へそっと置いた。

「それ、壊すな」

ぶっきらぼうだが、声は低く穏やかだった。

「俺の部屋で遊ぶくらいなら……構わない」

「ほんと!? ありがとう、おじちゃん!」

「……調子に乗るな」

そう言いながらも、勇気の口元はわずかに緩んでいる。

不器用で、傲慢で、
それでも確かに滲み始めた優しさ。

勇気はまだ知らない。
蓮の寝相も、偏食も、笑い方の癖も――
すべてが、自分と驚くほど似ていることを。

そして萌香は、静かに近づいていく「父と子」の距離を前に、
真実が明らかになる恐怖と、
それでもどこか温かい予感に、胸を締めつけられていた。