その夜、勇気は、まばゆい閃光の中で「すべて」を思い出した。
断片だった記憶が、ひとつの輪郭を持って繋がっていく。
冷徹な警視としての自分。
社長令嬢だった萌香を欺いたあの日々。
そして、雪原で炎に包まれた、あの夜。
(……そうだ。俺は)
隣で眠る萌香の横顔を見る。
長い睫毛の先に、乾いた涙の跡が残っているのが見えて、胸が締めつけられた。
(この人の人生を、地獄に引きずり込んだのは……俺だ)
すべてを思い出した今、
「愛している」と口にする資格など、自分にはない。
真実を告げれば、彼女は再び過去に縛られ、傷つく。
――なら。
(知らないままでいい。
……俺が、全部を背負えばいい)
勇気は、静かに目を閉じた。
翌朝。
キッチンから、朝食の香りが漂ってくる。
萌香がフライパンに向かいながら、背後に気配を感じて振り返った。
「おはよう、勇気さん。
よく眠れた?」
勇気は、昨日までと変わらない――
少し影のある、けれど彼女だけを映す瞳で微笑んだ。
「ああ。……萌香が隣にいてくれたから」
それだけで、萌香の胸が少し温かくなる。
勇気は自然な仕草で近づき、そっと腕を回した。
離れないことを確かめるように。
「……勇気さん?」
戸惑いを含んだ声に、彼は少しだけ力を緩める。
「ごめん。
ただ……君がいなくなるのが、怖くて」
静かな告白。
「俺には、君と蓮のことしか……大切だと思えるものがないんだ」
――嘘。
すべてを思い出している。
それでも、この言葉だけは本心だった。
萌香は何も言わず、彼の手にそっと触れた。
「大丈夫よ。
私は、ここにいるわ」
その一言が、胸に深く刺さる。
朝食のテーブルに、蓮が駆け寄ってくる。
「パパ、おはよ!
今日も一緒に遊べる?」
「……ああ」
勇気は膝に乗せ、優しく頭を撫でた。
「たくさん遊ぼう」
小さな体温。
実の息子だと知った今、その重みが胸を潰す。
(許されなくていい。
……それでも、守り抜く)
夕暮れ。
窓辺に差すオレンジ色の光の中で、萌香は勇気を見つめていた。
彼が時折見せる、研ぎ澄まされた視線。
そして、寝言で零れた「……すまない、萌香」という言葉。
「ねえ、勇気さん」
静かに、問いかける。
「本当に……何も、思い出していないの?」
一瞬、空気が張りつめた。
勇気は視線を逸らし――
けれどすぐに、柔らかな微笑みを浮かべ、萌香の指先に触れた。
「思い出す必要がないくらい……
今が、幸せなんだ」
低く、甘い声。
「それじゃ……ダメかな?」
萌香の胸に、小さな違和感が残る。
それでも、彼の温度は確かで、嘘だと断じることができなかった。
「……そうね」
萌香は小さく笑った。
「今が大事、よね」
二人の間に流れる、穏やかな沈黙。
それは、世界でいちばん優しくて、
同時に、いちばん残酷な嘘。
こうして二人は――
形を変えた「契約」を、静かに更新していく。
永遠に続くかもしれない、偽りの中で。
断片だった記憶が、ひとつの輪郭を持って繋がっていく。
冷徹な警視としての自分。
社長令嬢だった萌香を欺いたあの日々。
そして、雪原で炎に包まれた、あの夜。
(……そうだ。俺は)
隣で眠る萌香の横顔を見る。
長い睫毛の先に、乾いた涙の跡が残っているのが見えて、胸が締めつけられた。
(この人の人生を、地獄に引きずり込んだのは……俺だ)
すべてを思い出した今、
「愛している」と口にする資格など、自分にはない。
真実を告げれば、彼女は再び過去に縛られ、傷つく。
――なら。
(知らないままでいい。
……俺が、全部を背負えばいい)
勇気は、静かに目を閉じた。
翌朝。
キッチンから、朝食の香りが漂ってくる。
萌香がフライパンに向かいながら、背後に気配を感じて振り返った。
「おはよう、勇気さん。
よく眠れた?」
勇気は、昨日までと変わらない――
少し影のある、けれど彼女だけを映す瞳で微笑んだ。
「ああ。……萌香が隣にいてくれたから」
それだけで、萌香の胸が少し温かくなる。
勇気は自然な仕草で近づき、そっと腕を回した。
離れないことを確かめるように。
「……勇気さん?」
戸惑いを含んだ声に、彼は少しだけ力を緩める。
「ごめん。
ただ……君がいなくなるのが、怖くて」
静かな告白。
「俺には、君と蓮のことしか……大切だと思えるものがないんだ」
――嘘。
すべてを思い出している。
それでも、この言葉だけは本心だった。
萌香は何も言わず、彼の手にそっと触れた。
「大丈夫よ。
私は、ここにいるわ」
その一言が、胸に深く刺さる。
朝食のテーブルに、蓮が駆け寄ってくる。
「パパ、おはよ!
今日も一緒に遊べる?」
「……ああ」
勇気は膝に乗せ、優しく頭を撫でた。
「たくさん遊ぼう」
小さな体温。
実の息子だと知った今、その重みが胸を潰す。
(許されなくていい。
……それでも、守り抜く)
夕暮れ。
窓辺に差すオレンジ色の光の中で、萌香は勇気を見つめていた。
彼が時折見せる、研ぎ澄まされた視線。
そして、寝言で零れた「……すまない、萌香」という言葉。
「ねえ、勇気さん」
静かに、問いかける。
「本当に……何も、思い出していないの?」
一瞬、空気が張りつめた。
勇気は視線を逸らし――
けれどすぐに、柔らかな微笑みを浮かべ、萌香の指先に触れた。
「思い出す必要がないくらい……
今が、幸せなんだ」
低く、甘い声。
「それじゃ……ダメかな?」
萌香の胸に、小さな違和感が残る。
それでも、彼の温度は確かで、嘘だと断じることができなかった。
「……そうね」
萌香は小さく笑った。
「今が大事、よね」
二人の間に流れる、穏やかな沈黙。
それは、世界でいちばん優しくて、
同時に、いちばん残酷な嘘。
こうして二人は――
形を変えた「契約」を、静かに更新していく。
永遠に続くかもしれない、偽りの中で。

