茜くん、ちょっと落ち着こう!?

「よーし、じゃあ来週の校外学習のグループ決めを行うぞー」
窓の方に目を向けて、ゆっくりと流れる雲を見ていた私は、黒板の前に立つ先生の方に視線を戻した。
三週間後には中間テストが始まる。その前に、クラスのみんなと仲良くなりましょうみたいな校外学習があるのだ。というのは名目だけで、実際には遠足のようなものだ。去年は動物園に行った。
今年は藤祭のお手伝いらしい。藤祭というのはこの地域全体でやっているお祭りみたいなもので、神社の境内に提灯や屋台が並ぶ。
準備を手伝うと、屋台一回無料券が三枚配られる。
(よし、やる気出てきた!!)
私は頬杖をついたまま、先生が黒板に書く文字をぼんやり眺めていた。
一班、二班、三班......六班まで書かれた班の下に、生徒の名前を書いていく。
(へ〜、私四班なんだ)
そんなことを思いながらグループごとに集まっていると、先生はリーダーとどの屋台を手伝うのか決めるようにと指示した。
「リーダーは大変だぞー。各グループごとの代表として最後に感想を発表してもらうからなー」
先生が言った瞬間、教室がどよめいた。元気の良い男子数名で集まったグループが騒いでいるのが聞こえてくる。
「マジかよー!発表とか無理なんだけど」
「お前やれよー」
「いや、お前やれって〜!」
私のグループも同じような感じだった。リーダー格の藤くんが引き受けるのかと思いきや、「絶対無理!」と首を振っているし、他のみんなも似たり寄ったりの反応だ。
もちろん、私もそういう性格じゃないので、出来ればリーダーにはなりなくない。
最終的にじゃんけんで決めることになり、負けたのが茜くんだった。

校外学習の朝。私達は舞台となる神社で屋台の人に挨拶をしていた。
「今日はよろしくお願いします」
私達がお手伝いするの屋台は、ヨーヨー釣りと射的。
射的コーナーで景品を棚に並べて、おもちゃの銃とコルクを並べながら、私は内心わくわくしていた。
一人三発、一回百円。
その時、五十代くらいの神主さんに呼ばれた。
神主さんに連れられて拝殿の裏手に回ると、納得そうな顔をして言った。
「なるほど。貴方を縛っていたのは、あの高校生くんでしたか」
「......え?」
神主さんの意味不明な第一声に、間抜けな声がこぼれてしまう。
「あぁ、すみません。まずは説明が先でしたね。あの高校生の名前は?」
神主さんはヨーヨーを藤くんと膨らましている茜くんを見る。
「恵美くん......です」
「そうですか......」
「彼がどうかしたんですか」
神主さんはぽつりぽつりと話し始めた。
境内にいた私の身体には何重にも頑丈に糸が絡み付いていたらしい。
運命の赤い糸、とは言うがこれは異常らしく、血を吸ったように赤いそれは運命なんて可愛らしいものではなくてもはや呪いに近いとのこと。
多分元々の色は純白であっただろうそれは見る影もない。
良く言えば一途、悪く言えば執着。
「異常なまでの執着......驚きましたよ。貴方一体何をしたんですか?」
「身に覚えがないですね」
「何か神と約束したことは?」
「神ではないと思うんですけど、小さい頃に同い年くらいの男の子と指切りをしたくらいしか......」
「そうですか......」
もし、その男の子が神様で、私に執着しているらしい恵美くんと同一人物だとしたら......今まで感じた違和感も納得してしまう。
初対面で抱きつかれた時、彼は『やっと会えた』と言っていた。
私は完全にその男の子との約束をすっかり忘れていたけれど、茜くんの様子を見るにまだ覚えているようだ。
「えっと、もう戻って良いですか?準備の手伝いをしないと......」
「話は最後まで聞きなさい。今の貴方は供物です」
「供物!?」
「あの指切りで貴方の身体も魂も全て恵美くんの物になりました」
「何故!?」
「子供同士の指切りでも、神側が契約と称して結んだのであれば、それは立派な契約になります」
「......まぁ、相手が飽きるのを待ちます!」
学校には私より可愛くて料理上手で女子力の高い子がわんさかいる。きっと、その子と良い感じになってもらって、私への執着はやめてもらおう。
「楽観的なお嬢さんですねぇ。あまり相手()を舐めない方が良いです。下手すりゃ千年以上も執着されますよ」
「千年って、私もう死んでますよ〜」
ヘラヘラと笑い飛ばす私にため息をついた神主さんは、和綴(わと)じの本を一冊持ってきた。
「ここを読んでください」
神主さんが示したページには、達筆ながらも文字が並んんでおり、私はそれを目で追う。
―――平安時代の中期、ある荒神に見初められた哀れな娘の身体にそれは絡みついていた。あの大陰陽師の安倍晴明でさえ糸を完全に断ち切ることは不可能で、身代わりを用意し、離れた隙にやっとの思いで封印することで、事なきを得たと言う。
「貴方に絡み付くその糸は、恐らくそれの比ではないでしょう」
「......そうですか」
あまりにも自分に起こったことが非現実すぎて、素っ気ない返事しかできなかった。
「あの......その糸を切る方法って......」
「............残念ながら、今更その契約を解消する(すべ)など私は持ち合わせていません」
申し訳そうに謝る神主さん。
「......ですよね」
(まぁ、過ぎたことを悔やんでも仕方ないよね!茜くんが飽きるまで待とう!)
ほら、最近国語でならったことわざに『後悔先に立たず』ってやつあったし。
神主さんにお礼を言ってから、私は射的屋に走って行った。