茜くん、ちょっと落ち着こう!?

お兄に茜くんのことがバレてから一週間。
平和だった私の学校生活はガラガラと音を立てて崩れた。
「……何でいるの」
放課後の校門前で、私は思わず立ち止まった。
見慣れた高校の制服。そして見慣れすぎた顔。
「迎えや」
にっこり笑う、お兄。
「いや、いらんいらん!」
「遠慮すんな」
「遠慮してるんじゃなくて拒否してるの!」
行きと帰りの送迎なんか誰も頼んでない!
言い返そうと口を開いた、その時。
「あ、お義兄さん」
背後から、聞き慣れた声。
(来た……)
振り返ると、茜くんが立っていた。 だけど、視線は真っ直ぐお兄を見ている。
「椿芽、あの....これにサインほしくて」
嬉しそうに茜くんが鞄から取り出したのはクリアファイルに挟まれている一枚の紙。
それを手渡された瞬間、ピシリと思考が固まった。
薄ピンクの線が引かれた一枚の紙。左上には『婚姻届』の三文字。
お互いの名前を書くところには、もうすでに茜くんの名前が書かれており、証明人はまさかの常盤さんだ。
「人間は婚姻届にサインしてから結婚するって聞いて、昨日の夜に常盤に買ってきてもらったんだ」
「ソ、ソウナンダネー.......」
私は半笑いしかできなかった。
「いやいやいやいや、待って待って待って!」
私は思わずその婚姻届を突き返した。
必死に否定する私の横で――
「ほぉ……婚姻届なぁ?」
背筋がゾクッとする声。
ゆっくりと、お兄が一歩前に出た。
「未成年が何さらしてけつかんねん」
笑ってるのに、目が笑ってない。
(終わった……)
「お義兄さん、安心してください」
「安心できる要素どこにあんねん」
「ちゃんと責任は取ります」
「取らせへん言うとるやろが!」
バンッ!!
お兄が婚姻届を奪い取り、その場でビリビリに破いた。
「ああああああああああああああああああああ.......」
茜くんが本気で絶望した顔をしながら、膝から崩れ落ちた。
(そんな顔する!?)
その瞬間、さっきまでの晴天はどこへやら、真っ黒な雲が太陽を隠し、今にも大雨を降らせそうだ。
「それに、アンタ神さんやろ?神さんは神さん同士で結婚せぇ」
とりあえずリアル台風を呼び起こしそうな茜くんの機嫌を直してもらわないといけない。
ゴロゴロ、と遠くで雷の音が鳴る。
「……茜くん」
私はそっと名前を呼んだ。
「……何?」
ゆっくり顔を上げた茜くんの目は、少しだけ潤んでいて――でも、その奥にある感情は明らかに不機嫌。
(うわ、ガチで落ち込んでる……!)
「えっと、その……婚姻届はびっくりしたけど!嫌とかじゃなくてね!?」
「嫌じゃないのか?」
「いや話聞いて!?」
食いつきが早い!!
横でお兄が「はぁ……」と深いため息をついた。
「椿芽、優しすぎや。そういうとこにつけ込まれんねん」
「つけ込んでいません」
「いやつけ込んどるやろが」
バチバチと火花が散る。
その間にも、風がどんどん強くなっていく。
(ダメだ、このままだと校門前で災害起きる……!)
「ちょっと二人ともストップ!!」
思わず声を張ると、一瞬だけ静まった。
「茜くん」
「……うん」
「結婚とかは、その……まだ中学生だし、いきなりは無理」
「……」
「でも、その……一緒にいたい、とかは……思ってるから」
沈黙。
風がぴたりと止まる。
さっきまでの重たい空気が、少しだけ軽くなった気がした。
「そ、それに、茜くんが私の婚約者なのは変わりないよ」
正しくは供物だが、一応契約上は大きくなったら結婚するなので、あながち間違ってはないだろう。
私から婚約者と言われ、茜くんは分かりやすく頬を染めて照れていた。
次の瞬間。
パァァァ――――――。
そんな効果音が付きそうな勢いで、空が一気に晴れた。
さっきまでの黒雲が嘘みたいに消えて、太陽の光が差し込む。
茜くんの機嫌が良くなり、台風で学校が吹き飛ぶという最悪の事態は回避され一件落着。
「いや、極端すぎるやろ!」
お兄のツッコミが炸裂。
「じゃあ、順番守る」
ぽつり、と茜くんが呟いた。
「うん、その方が良いと思う!」
私はほっとしたように頷く。
「まずは交際からだな」
「え?」
「はいストップや」
お兄がスッと間に入る。
「誰の許可取ったんや」
「お義兄さん」
「その呼び方やめぇ言うてるやろ」
低い声。圧がすごい。
「交際の申請を――」
「役所ちゃうねんここは!」
(もうやだこの会話……)
周りの生徒たちも完全に立ち止まって見ている。