茜くん、ちょっと落ち着こう!?

翌日の放課後。
「……で、何でこんなことに」
私はエプロン姿で、まな板の前に立っていた。
「いや〜、仕方ないでしょ」
キッチンの入り口にもたれかかりながら、常磐さんが軽い調子で言う。
「昨日から茜くん、明らかに機嫌悪いし」
「お前のせいだろ」
迅くんが即座に突っ込む。
「あーまぁ...アハハ」
常磐さんは勢いよく目を逸らした。
事の発端は、今朝のこと。
茜くんが大切にしていた本にジュースをぶっ掛けてしまったんだって。それを乾かそうとしたがミスってビリビリに.........。
(だから今日、空がどんよりしていたんだ.......)
「それは……確かに落ち込むよね」
私がそう言うと、要くんが腕を組んで深く頷いた。
「あれ、相当大事にしてたやつだぞ」
「初版本だっけ?」
迅くんの問いに、要くんは顔をしかめる。
「うん。しかも絶版」
「うわ……」
思わず声が漏れた。
そんな空気を変えるように、常磐さんがぱん、と手を叩く。
「本はもうどうにもならない。なら次は何で機嫌を直す?」
「食べ物」
迅くんが即答する。
「人は腹が満たされると、だいたい許す。好きな人が作ってくれた弁当なら尚更」
「雑すぎない?」
「でも当たってる」
要くんも真顔だ。
「という訳で椿芽ちゃん」
常磐さんがにっこり笑って、私を見る。
「お願い、茜くんの為に弁当を作って♡」
幸い今日は、お兄も帰ってきていないので、作れるっちゃ作れる。材料費は常磐さんのお財布からなので心配いらない。
ということで二つ返事で決まったのは良いものの、何を入れたら喜ぶんだろう?
好き嫌いとかあるし......。
「恵美の好きな物?確か団子が好きだった気がする」
「できたら食べ物だと嬉しいです」
「んー......ま、椿芽チャンの作ったやつなら何でも食べると思うよ」
「確かに」
お弁当箱に綺麗に三角に握れたおにぎり、彩りとバランスを考えて作られた主菜と副菜を詰める。ウインナーは私が好きなタコさん型だ。
「よしできた!」
「おー美味そう。一口食べて良い?」
「食べたら恵美に殺されるよ」
「ひぇ......」
作ったお弁当の粗熱を取り、常磐さんに手渡す。
あとは『美味しく食べてね。良かったら感想聞かせてください』というメモも付けてみた。



その夜。
「……で」
茜が腕を組み、低い声で言う。
「何でお前ら三人が、揃って俺の前に立ってる訳」
「いや〜、偶然?」
「偶然だね」
「奇跡的なタイミング」
三人が揃って目を逸らす。
「ふーん......」
沈黙に耐えきれなくなったのか、常磐が一歩前に出る。
手には、丁寧に包まれた弁当袋。
「はい、これ」
「……何これ」
「弁当」
「見れば分かる」
袋を受け取らずにいる茜に、常磐さんはにやりと笑った。
「椿芽ちゃん作」
その一言で、空気が変わった。バッと目にも留まらぬ速さで茜は常磐から弁当箱をぶん取った。
「ほら、昨日ちょっと荒れてたでしょ?」
「だから、元気出してもらおうかな〜って」
「お前らが頼んだのか?」
「うん」
「それを先に言えよ」
そう言いながらも、弁当袋から手を離さない。
「そっか、椿芽が作ってくれたのか......俺の為に...」
うっとしとした笑みで弁当を撫でていると、メモ用紙を見つける。それを読んだ瞬間、茜が震えだした。
「「恵美?」」
「おい常磐」
「な、何かなー?」
「この弁当食べ終わったら俺と椿芽の結婚式の用意してくれよ。お前大人だろ?」
「ん???」
「そっか、やっと結婚できるのか......」
「待て待て待て待て」
要が両手を広げて、全力で止めに入った。
「情報が二段跳びくらいしてる」
「弁当イコール結婚は流石に飛躍しすぎだろ」
「情緒どうなってんの?」
しかし茜は真剣そのものだった。 弁当箱を胸に抱き、遠くを見る目をしている。
「平安時代は手紙のやり取りから交際が始まり、やがて相手の家に招かれ、事を済ませて三日後には結婚が普通だった」
「うん。それで?」
「前貰ったお菓子の手紙も合わせて二枚貰ったことになる。つまり、俺と椿芽はすでに交際しているということで......千年前の慣わしに従えば、俺は椿芽の家にお邪魔する権利を得たというもの。今は現代だから俺の部屋でも良い。椿芽がいつ来ても良いように心の準備と部屋を片付けないとな......」
ブツブツと出すお茶菓子は何が良いだろうか?とか食器や遊びは何をしようかなどを、真剣に考えている。
「いや、勉強会としても呼べるのでは...?」
「怖い!!」
迅が即座に叫んだ。
「平安基準で現代を生きるな!」
「源氏物語を人生のマニュアルにするな!」
「何だよ」
茜は不満そうに眉をひそめる。
「お前ら、嫉妬か?」
「何かイラつく.......」
要が頭を抱える。
「弁当一個で時代が千年巻き戻ってるんだぞ!」
「たかが弁当。されど弁当だ」
「わー愛が重いねー」
「「それな」」
常磐と迅と要は心の中で椿芽に謝罪した。
(((ごめん。止めれなかった........)))