「無理しないで」と優花が声をかけた時、
宏樹の表情が、ふっとほどけた。
彼の中でずっと張りつめていた何かが、
優花のたった一言で緩んだのが、目に見えてわかった。
そして——
宏樹は初めて、優花のほうを真正面から見た。
「相沢。君の仕事って……どんなことしてるんだっけ?」
一方的に自分の話をするのではなく、
優花に“聞き返す”姿勢。
それは、この場で彼が本当に心を開き始めた証拠だった。
優花は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私は、IT系の企画職です。
クライアントの要望を聞いて、それをサービスに落とし込んでいく仕事で……」
「なるほど。優花らしい、丁寧な仕事だ」
宏樹は、頷きながら静かにウィスキーを口にした。
その目は優花の言葉を、一つ逃さず受け止めるように真剣だ。
そして、ゆっくりと続けた。
「俺は……新規事業の立ち上げを任されててさ。
聞こえはいいけど、実際は毎日深夜まで資料作って、全部の責任は俺。
失敗したら、それこそキャリアに傷がつくレベルで」
声を潜めた宏樹には、強がりは一つもなかった。
優花は、ただ頷きながら耳を傾ける。
軽い励ましも、浅いアドバイスも、今は不要。
必要なのは——その重さを一緒に感じること。
「……そんなに。宏樹、背負いすぎてたんですね」
優花の言葉は、とても小さかった。
しかし、宏樹はその一言に、救われたように息を吐いた。
「健太たちには少し愚痴ったけど……まあ、あいつらは笑って終わりでさ。
誰かに“本気で”聞いてほしかったんだと思う。
今日、相沢に話して……なんか、ようやく重さを分かってもらえた気がする」
(ああ……)
優花は、その“ようやく”という言葉に胸が熱くなる。
宏樹は、ただの懐古じゃない。
今の自分をわかってくれる相手を求めていた。
そして今、その役割を担っているのは——優花だ。
「私の仕事も、プレッシャーはあるので……少しだけですが、わかります。
でも、宏樹は……きっと何倍も大変ですよね」
控えめな共感。
それが却って、宏樹の心に深く届いたらしい。
「相沢……やっぱり君は昔から聞き上手だな」
そう言って笑う彼の顔は、披露宴からは想像できないほど柔らかかった。
ここで優花は気づく。
(この人は、仕事ばかりで“誰かに弱さを見せる時間”がなかったんだ。)
だからこそ、次の話題は——
“責任”とは真反対の、軽くて、温かいものにしよう。
優花は、彼のジャケットの隙間から見えたストラップを思い出した。
「ところで……宏樹。
さっき、カメラのストラップが見えたんですけど……
写真、始めたんですか? 学生の頃は、フットサルでしたよね」
その瞬間。
宏樹の顔がふっと明るくなる。
ほんの数分前まで、疲れた大人の表情を浮かべていた人と同じとは思えないほどに。
「ああ、よく気づいたな。
実は最近、写真を撮るのが面白くてさ。
日曜の朝とかに、気分転換で撮りに行ってるんだ」
声にもなるべく抑えきれない喜びが滲む。
仕事の話から離れたことで、
彼はようやく“好きなもの”を話す顔になった。
それは、優花が今日初めて見る、自然で柔らかい表情だった。
優花は、そっと胸の奥で息を吐く。
(よかった……彼の疲れた心に、少しでも“楽しい話”を引き出せた。)
二人は、たくさんの人がいる二次会の真ん中で、
まるで世界に二人だけしかいないような距離感に近づいていた。
宏樹の表情が、ふっとほどけた。
彼の中でずっと張りつめていた何かが、
優花のたった一言で緩んだのが、目に見えてわかった。
そして——
宏樹は初めて、優花のほうを真正面から見た。
「相沢。君の仕事って……どんなことしてるんだっけ?」
一方的に自分の話をするのではなく、
優花に“聞き返す”姿勢。
それは、この場で彼が本当に心を開き始めた証拠だった。
優花は、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私は、IT系の企画職です。
クライアントの要望を聞いて、それをサービスに落とし込んでいく仕事で……」
「なるほど。優花らしい、丁寧な仕事だ」
宏樹は、頷きながら静かにウィスキーを口にした。
その目は優花の言葉を、一つ逃さず受け止めるように真剣だ。
そして、ゆっくりと続けた。
「俺は……新規事業の立ち上げを任されててさ。
聞こえはいいけど、実際は毎日深夜まで資料作って、全部の責任は俺。
失敗したら、それこそキャリアに傷がつくレベルで」
声を潜めた宏樹には、強がりは一つもなかった。
優花は、ただ頷きながら耳を傾ける。
軽い励ましも、浅いアドバイスも、今は不要。
必要なのは——その重さを一緒に感じること。
「……そんなに。宏樹、背負いすぎてたんですね」
優花の言葉は、とても小さかった。
しかし、宏樹はその一言に、救われたように息を吐いた。
「健太たちには少し愚痴ったけど……まあ、あいつらは笑って終わりでさ。
誰かに“本気で”聞いてほしかったんだと思う。
今日、相沢に話して……なんか、ようやく重さを分かってもらえた気がする」
(ああ……)
優花は、その“ようやく”という言葉に胸が熱くなる。
宏樹は、ただの懐古じゃない。
今の自分をわかってくれる相手を求めていた。
そして今、その役割を担っているのは——優花だ。
「私の仕事も、プレッシャーはあるので……少しだけですが、わかります。
でも、宏樹は……きっと何倍も大変ですよね」
控えめな共感。
それが却って、宏樹の心に深く届いたらしい。
「相沢……やっぱり君は昔から聞き上手だな」
そう言って笑う彼の顔は、披露宴からは想像できないほど柔らかかった。
ここで優花は気づく。
(この人は、仕事ばかりで“誰かに弱さを見せる時間”がなかったんだ。)
だからこそ、次の話題は——
“責任”とは真反対の、軽くて、温かいものにしよう。
優花は、彼のジャケットの隙間から見えたストラップを思い出した。
「ところで……宏樹。
さっき、カメラのストラップが見えたんですけど……
写真、始めたんですか? 学生の頃は、フットサルでしたよね」
その瞬間。
宏樹の顔がふっと明るくなる。
ほんの数分前まで、疲れた大人の表情を浮かべていた人と同じとは思えないほどに。
「ああ、よく気づいたな。
実は最近、写真を撮るのが面白くてさ。
日曜の朝とかに、気分転換で撮りに行ってるんだ」
声にもなるべく抑えきれない喜びが滲む。
仕事の話から離れたことで、
彼はようやく“好きなもの”を話す顔になった。
それは、優花が今日初めて見る、自然で柔らかい表情だった。
優花は、そっと胸の奥で息を吐く。
(よかった……彼の疲れた心に、少しでも“楽しい話”を引き出せた。)
二人は、たくさんの人がいる二次会の真ん中で、
まるで世界に二人だけしかいないような距離感に近づいていた。

