美咲と健太が再入場し、キャンドルサービスが始まった。
会場は照明が落とされ、ゆらめく炎が柔らかく漂い、幻想的な空気が広がる。

優花はそっと席へ戻り、シャンパンの表面に揺れる光を見つめた。
ほんの少し前まで、宏樹と二人だけで話していた時間が、まだ胸の奥で温かく脈打っている。

彼は、優花のメッセージを読み、
「相沢らしい、優しいメッセージだね」
と素直に評価してくれた。

それは、優花の心の一番柔らかい場所に、そっと触れてくれた言葉だった。

だが――
その一方で、ふと再生される、再会直後の彼のことば。

「相沢、変わらないね」

披露宴が始まったばかりのあの瞬間、優花はこの言葉を、
“まだ子ども扱いされている”
“女性として見られていない”
そんな風に受け取って、胸が少し痛んでいた。

しかし。

今、あらためて宏樹の姿を見つめ直すと、
その解釈が大きく揺らいでいくのを感じた。

(もしかして…“変わらない”って、宏樹にとって安心だったのかもしれない。)

五年という年月。
社会に出て、大人になるということは、
好きだったものを手放すことでもあったのだろう。

宏樹は言っていた。

「気づいたら、昔好きだったもの、だいぶ手放してた気がする」

その声には、忙しさで摩耗した大人の寂しさが滲んでいた。

そんな彼にとって、優花の“変わらなさ”は、
友人としての信頼や、
失われずに残っていた灯のようなものなのかもしれない。

恋愛としての特別ではない。
でも、それはそれで――大切な位置。

(友人として見てくれている。まずは、その土台からでいい。)

そう気づいた時、優花の胸の中に、静かな風が吹き抜けた。
安堵と、少しの寂しさ。
でも、同時に柔らかい強さも宿った。

宏樹の心に無理やり踏み込む必要はない。

今の彼が抱えているものに寄り添い、
今の優花として、誠実に向き合う。

それが、五年越しに巡ってきた“再会”が教えてくれた答えだった。

キャンドルの炎が、優花のテーブルをほのかに照らす。
その光は、まるで優花の決心をそっと後押しするようだった。

優花は、二次会に向けて頭の中で小さく作戦をまとめた。

二次会での優花のやる事リスト
1.落ち着いて話す。余計な緊張を見せない。
2.聞き役に回り、今の宏樹を知る。
3.過去の話は、彼が振ってくるまで持ち出さない。
4.“変わらない優しさ”を隠さず、でも媚びない。

これは、昔の片思いをもう一度燃やすための作戦ではない。

優花自身が、大人として誠実に宏樹と向き合うための、
“新しいスタートライン”に立つための準備だった。

(もう、過去の幻想に揺さぶられない。向き合うのは――今の宏樹。)

静かに息を吸い、優花は頷いた。

キャンドルの炎が揺らめく中、
優花の視線は、未来へとまっすぐ向けられていた。