昼休みが終わると、
社内は午後の仕事に向けた静けさを取り戻していった。
由奈はデスクに向かいながら、
資料の準備をする手を何度も止めてしまう。
――“私が支えてあげるから”。
休憩室で麗華に言われた言葉が、
耳の奥でいつまでも消えなかった。
(……支えるのは、妻の私じゃないの?)
そんな当たり前の想いすら、
麗華の堂々とした態度に押し込められてしまう。
それが悔しくて、悲しくて――
でも誰にも言えない。
「片岡さん、その資料……あっ、ありがと」
同僚に声をかけられ、由奈は慌てて笑顔を作った。
(平気。大丈夫。……大丈夫だから)
心の中で何度も唱えながら、
午後の業務に集中しようとした。
けれど。
社内の扉が開く音がして、
明るい声が響く。
「隼人、ちょっといい? 一緒に確認したい書類があって」
麗華。
由奈の手が止まる。
隼人の席の方へ目を向けると、
麗華が隼人の肩の近くにかがみ込んで、
楽しそうに笑っていた。
隼人も――
自然に、優しく笑っている。
“幼馴染”としての距離感。
それは誰から見ても、近い。
由奈が結婚していても、
その距離は変わらない。
いや、むしろ――
最近はさらに近づいているように見えた。
(どうして……?)
胸の奥がスーと冷たくなる。
「……片岡さん?」
隣の席の同僚が怪訝そうに見てくる。
由奈は慌てて微笑んだ。
「すみません、少し考え事をしていて……」
作り笑いの頬が、ほんの少し引きつった。
遠くから聞こえる隼人の笑い声が、
その笑顔の裏にある心の痛みに追い打ちをかける。
麗華の声が弾んだ。
「隼人って、本当こういうところ変わらないよね。
昔から困ると絶対私のところに来るんだから」
由奈の心臓が止まる。
隼人は照れたように笑って、
「昔からの癖だよな。
……悪い、ちょっと麗華のところ行って来る」
“癖”。
“来る”。
“昔から”。
その言葉たちが、
まるで刃物のように胸に突き刺さる。
由奈は何も言えず、
静かに頷いたふりをした。
けれど、隼人の背中が麗華の方へ歩いていくたびに、
胸の奥がぎゅっと縮む。
隼人が麗華の席の横に立ち、
資料の上に顔を寄せる。
麗華は自然に隼人の腕に触れながら、
「ここの数字、もう一回見てくれる?」
と甘い声を出していた。
由奈は机の下で、にぎった手をほどくことができなかった。
(どうして……私じゃなくて麗華さんに……?)
ぽたり、と心に落ちる音がした。
由奈は目を伏せ、
胸の奥に広がる痛みに気づかないふりをした。
――“幼馴染”という言葉が、
こんなにも残酷に響くなんて。
この日から、
由奈の中でゆっくりと大きな不安が育ちはじめた。
隼人に言えない気持ち。
隼人が気づかない距離。
それはまるで、
目の前にいるのに触れられない“透明な壁”のようだった。
社内は午後の仕事に向けた静けさを取り戻していった。
由奈はデスクに向かいながら、
資料の準備をする手を何度も止めてしまう。
――“私が支えてあげるから”。
休憩室で麗華に言われた言葉が、
耳の奥でいつまでも消えなかった。
(……支えるのは、妻の私じゃないの?)
そんな当たり前の想いすら、
麗華の堂々とした態度に押し込められてしまう。
それが悔しくて、悲しくて――
でも誰にも言えない。
「片岡さん、その資料……あっ、ありがと」
同僚に声をかけられ、由奈は慌てて笑顔を作った。
(平気。大丈夫。……大丈夫だから)
心の中で何度も唱えながら、
午後の業務に集中しようとした。
けれど。
社内の扉が開く音がして、
明るい声が響く。
「隼人、ちょっといい? 一緒に確認したい書類があって」
麗華。
由奈の手が止まる。
隼人の席の方へ目を向けると、
麗華が隼人の肩の近くにかがみ込んで、
楽しそうに笑っていた。
隼人も――
自然に、優しく笑っている。
“幼馴染”としての距離感。
それは誰から見ても、近い。
由奈が結婚していても、
その距離は変わらない。
いや、むしろ――
最近はさらに近づいているように見えた。
(どうして……?)
胸の奥がスーと冷たくなる。
「……片岡さん?」
隣の席の同僚が怪訝そうに見てくる。
由奈は慌てて微笑んだ。
「すみません、少し考え事をしていて……」
作り笑いの頬が、ほんの少し引きつった。
遠くから聞こえる隼人の笑い声が、
その笑顔の裏にある心の痛みに追い打ちをかける。
麗華の声が弾んだ。
「隼人って、本当こういうところ変わらないよね。
昔から困ると絶対私のところに来るんだから」
由奈の心臓が止まる。
隼人は照れたように笑って、
「昔からの癖だよな。
……悪い、ちょっと麗華のところ行って来る」
“癖”。
“来る”。
“昔から”。
その言葉たちが、
まるで刃物のように胸に突き刺さる。
由奈は何も言えず、
静かに頷いたふりをした。
けれど、隼人の背中が麗華の方へ歩いていくたびに、
胸の奥がぎゅっと縮む。
隼人が麗華の席の横に立ち、
資料の上に顔を寄せる。
麗華は自然に隼人の腕に触れながら、
「ここの数字、もう一回見てくれる?」
と甘い声を出していた。
由奈は机の下で、にぎった手をほどくことができなかった。
(どうして……私じゃなくて麗華さんに……?)
ぽたり、と心に落ちる音がした。
由奈は目を伏せ、
胸の奥に広がる痛みに気づかないふりをした。
――“幼馴染”という言葉が、
こんなにも残酷に響くなんて。
この日から、
由奈の中でゆっくりと大きな不安が育ちはじめた。
隼人に言えない気持ち。
隼人が気づかない距離。
それはまるで、
目の前にいるのに触れられない“透明な壁”のようだった。

