妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています

 ディエゴはルフェーヌの手を引きながら、森の中を数分歩くと開けた場所に出て歩みを止める。
 太陽の光が降り注ぎ、明るく美しい森だ。野鳥がどこかで鳴き、風が木々の葉を揺らしている。
 アルカイオスの森だからだろうか、ルフェーヌは精霊の力を強く感じる。
 「綺麗な森ですね」
 ルフェーヌは魔法を使えないのに精霊の力を感じるなんて不思議だと思いながら森を見渡す。この森のどこかに精霊がいるのかと思うと神秘的に感じる。
 「前にここへ来たことある気がするわ」
 このような素敵な森があるのを忘れていた。ルフェーヌはもっと早く来ればよかったと思った。
 子供の頃に一度だけ、社交界デビューするデビュタントの年齢が近くなってきたルフェーヌは母が逝去してからずっと塞ぎ込んでいた。
 デビュタントをするのにルフェーヌの父と王室はルフェーヌの様子を不安に思い、同行させた。しかしアデルも一緒に同行することになった。社交的ではないルフェーヌはアデルと比べられてしまい落ち込んでしまった。
 それ以来子供の頃はアデルと比較されるため行かなくなり、アデルがデビュタントした後は仲良し姉妹を演じるため、毎年付き合わされている。
 ディエゴはルフェーヌが森を見渡し、表情を緩めているのを見て言う。
 「お前、こういう所が好きだろ?」
 「……? はい」
 ディエゴは当然のように自信満々にルフェーヌへ言う。ルフェーヌは何故知っているのだろうと疑問に思うが、自信満々なディエゴを前に言い出せなかった。
 「ディエゴ王太子殿下はこのような場所はお好きですか?」
 「別に好きという訳ではない」
 では何故誘ったのだろう。ルフェーヌは疑問に思うが、本当にルフェーヌが好きだと思ってこの場所へ連れてきてくれたのだろうか。
 ルフェーヌは質問を続ける。
 「今日はお一人でお越しになったのですか?」
 「まあな」
 「ディエゴ王太子殿下はエフハリスト式典は参加された事ございましたか?」
 「子供の頃に一度だけ参列した。今回が二度目だ」
 「何故わたしを誘ってくださったのですか?」
 「はあ……」
 ディエゴは大きいため息をつく。表情も曇っているようだ。
 「申し訳ございません」
 ルフェーヌは質問攻めをしてしまい、謝罪する。
 「いや、いま話すことを考えている」
 ディエゴはルフェーヌへどうやって話を切り出そうか迷っている。
 話す事を考えるほど会話をしづらいのだろうか。
 ルフェーヌはディエゴが自分といて退屈なのだと思い、この場を去ろうとディエゴへ挨拶をする。
 「ディエゴ王太子殿下、わたしを助けてくださった事に感謝しております。失礼致します」
 「おい、待て!」
 ディエゴは立ち去ろうとするルフェーヌの手を掴む。
 「!」
 ルフェーヌは手を掴まれ、驚いて立ち止まる。このあたたかさ、覚えている。でも、何だっただろう。
 「悪い」
 ディエゴはいきなり手を掴んだ事を詫びる。
 「ルフェーヌは俺のことを待っててくれたか? さっきの言葉ではなくて、もっと前からーー」
 「もっと、前?」
 ルフェーヌの頭の中に何かの光景が浮かんでくる。
 「少しも覚えていないのか? あの時の熱を」
 あの時の熱ーー。
 ルフェーヌはディエゴが触れた手のひらを見つめる。ディエゴに触れられたあたたかさを思い出す。
 ディエゴのあたたかさを思い出すと、ルフェーヌは紅蓮の炎に囲まれた時の記憶が一瞬蘇る。
 「インフェルノ……」
 ルフェーヌは無意識に呟く。
 「は?」
 ディエゴはルフェーヌの突拍子のない呟きに目を丸くする。
 「え? あ、ごめんなさい」
 意味不明な言葉を呟いてしまい、ルフェーヌは謝罪する。
 「それだけ覚えていれば充分だ」
 ディエゴは安心したように表情を緩める。
 ルフェーヌは自分の手を固く握っている。理由は分からないが、一瞬だけ見えた紅蓮の炎に震えてしまう。
 耐えられない恐怖。ルフェーヌはディエゴを呼ぶ。
 「ディエゴ王太子殿下」
 ルフェーヌは息を深く吸って吐くと言葉を続ける。
 「わたしの手を、握ってくださいませんか?」
 こんな事を頼むなんて普段の自分では考えられない。ルフェーヌは固く握り、震えに堪えている手を見つめる。
 ディエゴはルフェーヌの手を両手で握る。ルフェーヌはディエゴの手のあたたかさに安心したように笑う。
 「俺に触れられてそういう顔をするんだ、改まった呼び方はやめろ。俺のことはディエゴ様と呼べ」
 ルフェーヌは優しい笑顔で頷く。
 「ディエゴ様の手はあたたかいですね」
 ディエゴは表情を緩めるとルフェーヌの気が済むまで手を握っていた。

 どのくらい時間が経っただろうか。ルフェーヌの心が落ち着くと、今の状況に慌てる。
 「ひゃあ! 申し訳ございません。手を握って欲しいだなんて、失礼な事をーー」
 ルフェーヌがディエゴにしっかりと包まれている手を離そうとする。
 「もういいのか?」
 「あの……、はい……」
 答えようによってはまだ手を握っていてくれるのだろうか。
 ルフェーヌは握っていてもらう理由がなくなり、手を離してもらう選択をする。
 「ならそろそろ戻るか。陽が傾いてきた」
 森へ差し込む日差しは赤みが混ざっている。交流会もお開きになる頃だろう。
 ディエゴはルフェーヌへ手を差し出す。ルフェーヌはためらいなく手を重ねる。

 ディエゴにエスコートをされ、森を出て交流会の会場へ戻ってきた。
 ルフェーヌはゆっくりとディエゴから手を離し、挨拶をする。
 「ディエゴ様。お声がけいただき、ありがとうございました。とても楽しい時間でしたが、お別れですね。来年は参列なさいますか? わたしは毎年参列しています。わたしの国でもディエゴ王太子殿下のお噂を聞いています。ぜひまたディエゴ王太子殿下からご活躍の風の便りを聞かせてくださる事を待っています」
 ディエゴが来年の式典に参列するのならばまた会えるのは一年後だ。ルフェーヌとしては珍しく言葉が次々と溢れてきて止まらなかった。ルフェーヌは自分がこんな饒舌に伝えられるのかと驚いている。
 「ならばとっておきの便りを聞かせてやる」
 ディエゴは笑みを零し、ルフェーヌへ胸に手を当て、一礼して立ち去る。ルフェーヌはディエゴの後ろ姿が消えるまで見つめていた。

 ***

 「なによ、あの態度!」
 アデルは帰りの風力車の中でずっとディエゴの悪口を言っていた。普段のルフェーヌならば顔を曇らせて下を向いて耐えるはずだが、今日のルフェーヌにはアデルの金切り声が耳に届かなかった。
 ルフェーヌは風力車の窓から陽が傾き、行きとは違う雰囲気をしている草原の景色を眺めている。
 「はあ……」
 ルフェーヌは桃色のため息を吐く。
 ルフェーヌはディエゴの声色と手のあたたかさを思い出しては胸を高鳴らせて頬を密かに染めていた。