妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています

 ルフェーヌは月明かりしかない真っ暗な森の奥へ走って逃げている。どこまで奥へ入っただろうか、ルフェーヌは森の斜面を駆け上がっている。ルフェーヌの息は荒く、後ろでアデルがルフェーヌへ静止の声をかけながら追ってきている。
 闇雲に逃げていると、一瞬開けた場所へ出るとルフェーヌは崖から足を滑らしそうになる。引き返そうとするが、アデルに追いつかれる。ルフェーヌは逃げ場を失った。
 アデルはルフェーヌの音魔法で激しい頭痛と耳鳴りがする頭を押さえながらルフェーヌと対峙する。
 「お姉様。怒らないから、返しなさい」
 アデルに再度手を差し出されるが、ルフェーヌは呪詛魔法陣を渡そうとしない。
 「返しなさい!」
 アデルは激しい頭痛と耳鳴りに耐えながら、ルフェーヌに強い口調で呪詛魔法陣を返すように迫る。
 「返しなさいと言っているでしょ!」
 アデルは返す気がないルフェーヌへ追い風を送る。ルフェーヌは追い風でアデルの元へ飛ばされないように足に力を入れて踏ん張り、呪詛魔法陣を飛ばされないように両手でしっかり握りしめる。しかしルフェーヌは追い風に押されて徐々にアデルへ近づいていく。
 アデルは耐えているルフェーヌへさらに追い風を送り、呪詛魔法陣を奪おうとする。アデルはルフェーヌごと飛ばされそうな風速を追い風で送っているが、ルフェーヌは呪詛魔法陣を握りしめて耐えている。
 アデルはルフェーヌがこの追い風に耐えられる事を不思議に思うが、今は呪詛魔法陣を奪い取る事に必死になっている。
 「やめろ! ルフェーヌに手を出すな!」
 アデルの風魔法の効力が切れて後を追ってきたディエゴは強烈な追い風に耐えているルフェーヌを見て、アデルに叫んで制止する。
 「うるさい! 無能があたくしに命令しないでくださる?」
 アデルはルフェーヌへ風を送る右手とは別の左手でディエゴへ風を送る。ディエゴはアデルの風魔法で足止めされる。
 「どうしても渡したくないのなら仕方がないわ」
 アデルはルフェーヌへの追い風を止める。ルフェーヌの力が抜けた所で再び追い風を送り、こちらへ引き寄せるつもりだった。
 崖の縁で耐えていたルフェーヌは突然追い風がなくなり、バランスを崩してよろけて呪詛魔法陣を残してそのまま崖下へ転落してしまう。
 「きゃああっ!」
 ルフェーヌの絶叫が辺りにアルカイオスに響く。ディエゴは見ている事しかできない。
 「ルフェーヌ!!」
 アデルの風魔法が止まる。ディエゴは慌てて崖へ駆け寄り、しゃがみ込んでルフェーヌが落ちた崖下をのぞく。崖下は真っ暗で何も見えない。
 ディエゴは嗚咽する涙をどうにか飲み込む。愛する女性を守る事ができなかった。ディエゴは初めて何もできない無力さを知り、絶望感に支配される。
 アデルは目を見開いて驚くが、すぐに表情が戻る。
 「お姉様が悪いのよ。あたくしの言うことを聞かないから」
 アデルはディエゴの横に落ちている呪詛魔法陣を拾いながら冷静な声で呟く。
 ルフェーヌは崖から落ちている途中、死を覚悟した。ルフェーヌは崖から落ちながらディエゴとの思い出が蘇る。走馬灯だろうか。
 記憶の中でディエゴと一緒に魔法を練習している時、ディエゴができると信じてくれた事を思い出す。
 (ディエゴ様っ!)
 ルフェーヌの右の手のひらに緑の紋章が浮かび上がる。ルフェーヌの身体はエメラルドグリーンのような輝く光に包まれて宙を浮いている。
 ルフェーヌは高難易度の浮遊風(メテオラアネモス)で空を飛んでいる。
 「わたし、浮いてる!?」
 ルフェーヌはゆっくりと瞳を開くと月明かりに照らされているアルカイオスの森が眼下に広がる。ルフェーヌは身体を縮めながら宙を浮いて崖を登っていく。
 ディエゴは涙が落ちそうな瞳を見開き、エメラルドグリーンの光に包まれて崖を登るルフェーヌを見て歓喜する。
 「ルフェーヌ!」
 「まさか、お姉様が魔法を? ありえないわ……」
 アデルはルフェーヌがディエゴと一緒に魔法を練習していた事、アデルの影響で風魔法が使えなくなっていた事を知らない。アデルは驚愕する事しかできなかった。
 ルフェーヌの身体は綿毛のように漂っている。ディエゴは立ち上がり、漂うルフェーヌを受け止めようと腕を広げる。
 エメラルドグリーンの光が消え、ルフェーヌはディエゴの腕の中に舞い降りる。ディエゴはルフェーヌを強く抱きしめる。
 「ディエゴ様、怖かったわ」
 「ルフェーヌを失ったら、俺は生きてはいけない」
 ルフェーヌとディエゴは抱きしめ合う。炎に酸素が必要なように、ディエゴにはルフェーヌが欠かせない存在になっていた。
 「どうなっているの?」
 事の状況が把握できないアデルは頭を混乱させる。
 抱きしめ合うディエゴとルフェーヌに青く小さな光が揺らめいている。ルフェーヌとディエゴが夜の森で見た火の粉のような青い光が二人を包んでいる。
 ディエゴの右の手のひらに赤い紋章が浮かび上がる。
 「これは……」
 アデルに魔法力を奪われてしまい、魔法を使えず手のひらに魔法陣は現れないはずだ。
 ディエゴはルフェーヌを腕の中から降ろし、青い光を手のひらで受け止める。すると手のひらから青い炎が燃え上がる。
 「どうして? 魔法は使えないはずなのに!」
 アデルは呪詛魔法陣を確かに持っている事を確認する。ディエゴは青い炎を見て思い当たる魔法名を口にする。
 「まさか、青い炎(エージェオフォティア)なのか?」
 「綺麗……」
 ルフェーヌは青い炎(エージェオフォティア)を瞳の中に映して呟く。ルフェーヌは純粋な何かの情熱で燃えているように感じる。
 ディエゴは魔法陣が描かれている右手を確かめるように握りしめる。
 「焼き払ってやる!」
 ディエゴはアデルへ叫ぶと、アデルが持つ呪詛魔法陣を青い炎(エージェオフォティア)で燃やす。
 「きゃあっ!」
 呪詛魔法陣はアデルの右手ごと燃える。アデルは瞬時に手を離し、右手を押さえる。
 呪詛魔法陣は青い炎(エージェオフォティア)で燃え上がり、灰になった。ディエゴに魔法力が戻り、右手に掲げる青い炎(エージェオフォティア)の勢いが増す。
 ディエゴはアデルを睨み、右手に青い炎(エージェオフォティア)を燃やしながらゆっくりとアデルに歩み寄る。
 「来ないで!」
 アデルはディエゴを追い払うために強風を送るが、ディエゴは平然と歩いている。強風を受け、右手の炎はさらに燃え上がってディエゴの右腕を燃やしている。
 ディエゴはアデルの前で立ち止まる。何をされるか分からないアデルは恐怖で足がすくんで動けない。
 「俺から力を奪い、ルフェーヌを殺そうとした。俺の大切なルフェーヌをーー」
 劫火のように怒りを露わにするディエゴはアデルの細い喉を掴むと折れそうなほど力を込める。アデルは呼吸を塞がれ、苦しくて抵抗できない。
 「お前を灰にしてやる」
 アデルの顔は恐怖で歪み、ディエゴは怒りで顔を歪ませる。ディエゴは手に力を込めてアデルの首を片手で締める。アデルは喉に熱を感じて恐怖する。
 「…………」
 ディエゴは何も言わずに見つめるルフェーヌの視線に気づく。
 ルフェーヌは不安そうにディエゴを見上げている。ルフェーヌはディエゴが自分のために怒ってくれているのが伝わってくる。ルフェーヌが今までアデルへ怒れなかった分まで怒ってくれているように感じ、止めることはできなかった。
 ディエゴはルフェーヌの不安げな視線に気づき、柔らかな眼差しを向ける。ディエゴがアデルから手を離すと、アデルは咳き込む。
 「心配するな」
 ディエゴは穏やかな表情に戻り、ルフェーヌに甘く優しい声をかけてその頬に触れる。ディエゴがアデルに危害を加えない事がルフェーヌへ伝わる。ルフェーヌは安心したように微笑み、頬に添えらているディエゴの手に自身の手を重ねる。
 ディエゴが森の中へ「おい」と一声かけると、オレリアンが奥からあらわれてディエゴに問われる。
 「お前、いつからそこにいる?」
 「つい先程から」
 ディエゴはオレリアンからの返答えを聞き、命令する。
 「その女を連行しろ」
 「かしこまりました」
 オレリアンはお辞儀をしてアデルへ近づき、ディエゴはアデルへ宣告する。
 「お前を俺への魔法力奪取による傷害及び名誉毀損、ルフェーヌへの殺人未遂の容疑で逮捕する」
 オレリアンはアデルを立たせると、その腕を掴んで歩き出す。アデルは抵抗する気がない。
 ルフェーヌはアデルの背中を見送るとディエゴにたずねる。
 「アデルはどうなるの?」
 ルフェーヌは逮捕と聞き、不安になる。
 「安心しろ。俺が悪いようにはしない。ルフェーヌの妹だからな」
 ディエゴは優しい声と視線でルフェーヌを安心させる。
 「ディエゴ様、ありがとう」
 ルフェーヌは安心したように微笑む。
 「礼はいらない。あんな女どうなろうと、どうでもいいだろう」
 ディエゴの本音が零れる。ルフェーヌはお礼に続く言葉をディエゴに話し出す。
 「アデルの事もあるけれど、わたしがお礼を言いたいのは怒ってくれたことよ。今まであのようなことを言われても、何をされても自分の中では当たり前になって怒れなかったの。怒っていいんだと思えて嬉しかった。怒ってくれてありがとう」
 ディエゴにはルフェーヌが今までどのくらい我慢をしてきたのか想像がつかない。想像がつかないほどアデルがルフェーヌを我慢させて自尊心を奪い、自己肯定感を下げていたのかと思うとディエゴはまたアデルへ怒りが湧いてくる。
 「俺はルフェーヌが好きだ」
 「わたしもディエゴ様が好き」
 少年の頃にアルカイオスの森で出会った時から、大人になって式典で再会した時からディエゴがルフェーヌをずっと好きな気持ちは消えない。
 ルフェーヌはディエゴの愛の言葉に嬉しそうに笑っていると森の奥で赤と緑の光が見える。

 赤い炎が揺らめいてルフェーヌとディエゴの目の前に現れると、それは炎の精霊をイメージした石像の姿になる。
 女性らしい体型の真紅の長い髪と瞳をした炎の精霊、フローガが現れる。
 『私が求めていた情熱を見つけましたね』
 フローガはディエゴに語りかける。
 「情熱?」
 ディエゴは聞き返すとフローガは話を続ける。
 『私は誰かのための力や情熱を求めていました。自分のために力を求めていては力の使い方を間違い、暴走させます。あなたの彼女を求める深い愛はまさに情熱。めっちゃキュン! ときめいたわ~』
 フローガは両手でハートの形を作り、嬉しそうに微笑む。
 『少しだけ手助けしたこと、許してね。久しぶりに青い炎(エージェオフォティア)を見たかったの。美しかったわ!」
 フローガはディエゴの魔法力をわずかに回復させた事を詫びる。
 「おかげでルフェーヌを守れました。ありがとうございます」
 ディエゴはルフェーヌを最悪な未来から救えた事に感謝してフローガへ跪く。ルフェーヌもフローガへ膝を折って挨拶をする。
 今度は緑の光がルフェーヌとディエゴの目の前に現れる。その姿は風の精霊をイメージした石像の姿になる。
 中性的な印象に細身の体型。新緑を吹き抜ける風のような風の精霊、アネモイが現れる。
 長い髪は深緑の色をして常に風になびいている。伏し目がちな瞳も髪と同じ新緑の色をしている。
 『あの子、呪詛魔法陣の呪い返しで魔法が使えなくなった。魔法力が弱い人間が作った呪詛魔法陣だからすぐに効力は消えるけど、この地で争いは許されない。だからボクからも魔法力を奪わせてもらった』
 アデルは呪詛魔法陣をディエゴに焼き払われ、呪い返しに遭ってしまった。それに加え、風の精霊の怒りに触れて魔法力を奪われてしまった。アデルは魔法を使えなくなってしまった。
 『風は気まぐれだから、あの子が悔悟してボクへ熱心に祈ればまた魔法力は回復するかも』
 「ありがとうございます。アネモイ様のお気持ちがアデルへ通じれば良いのですがーー」
 ルフェーヌはアネモイへ膝を折って挨拶をする。ルフェーヌはアデルが悔悟すると思えないが、アネモイがアデルの王女としての道を残してくれたのかと思うと感謝をする。
 アネモイは『どうするかはあの子次第だね』と宙を浮いて答える。
 フローガとアネモイはルフェーヌとディエゴに伝え終わると、元の赤い炎と緑の光の姿に戻る。
 『いつまでもその情熱を燃やし続けてね!』
 『またエフハリスト式典で会えたら嬉しい』
 フローガとアネモイは最後に二人へ伝えると、アルカイオスの森の中へ消えていった。
 残されたルフェーヌとディエゴは二人で見つめ合う。
 「帰るか」
 ディエゴはルフェーヌへ手を差し出す。ルフェーヌはディエゴと手を繋いで城へ帰るために歩き出す。
 しばらく歩くとルフェーヌがディエゴを見上げて照れた様に微笑みながら言う。
 「ディエゴ様。今日はずっと一緒にいてもいいですか?」
 ディエゴは優しく微笑んで「ああ」と肯定し、ルフェーヌの手をしっかりと握る。ルフェーヌもディエゴの手を握り返す。
 二人はディエゴの部屋で抱きしめ合って休み、今日を終えた。