妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています

 アデルの手紙に書かれた十二日になった。空は薄雲に覆われ、日差しは弱く、風は吹いていない。
 ルフェーヌの服装は淡い珊瑚色の可愛らしいワンピースを着て、靴はヒールのある珊瑚色の靴を履いている。髪は結ばずに下ろしている。
 ディエゴはシンプルにワイシャツにスラックス姿で靴はエナメルを履いている。
 ルフェーヌとディエゴはアデルが送ってきた手紙に指定されている日にアルカイオスへやってきた。アルカイオスへは特別な許可がないと立ち入る事が許されていない。アデルも許可を得て立ち入るだろう。
 ルフェーヌとディエゴは待ち合わせ場所の式典が行われる精霊像の前でアデルを待っているが来る気配がない。
 「アデル、まだ来ないわね。午後には着くと書いてあったのに、どうしたのかしら?」
 「あの女、俺の時間を何だと思っている」
 ディエゴは帰りたくて苛立っている。ルフェーヌの用事でなければ帰っているところだ。
 「ディエゴ様、わたし一人で大丈夫だから帰ってもいいですよ?」
 「ルフェーヌを残して帰れる訳がないだろう。あの女がさっさと来ればいいだけの話しだ」
 ディエゴはさらに苛立ちながらアデルを待つ。
 「ディエゴ様、ありがとう」
 ルフェーヌはディエゴに笑顔でお礼を言い、ディエゴはルフェーヌの笑顔で癒やされて苛立ちが弱まったが、時間が経つにつれてまた苛立ちが強くなっていく。
 ルフェーヌはディエゴの苛立ちを気にせず、退屈そうに風魔法でハンカチを浮かせて魔法を練習している。

 午後の時間はとっくに過ぎ、日が落ちて辺りが薄暗くなり始める。アデルは来る気配がない。
 アルカイオスに街灯などは設置されていないため、日が落ちれば真っ暗になってしまう。何も見えなくて真っ暗な中、精霊に願う事になってしまう。
 「もう来ねえよ。帰るぞ。ったく、俺の時間を無駄にしやがって」
 「ディエゴ様、付き合ってくれたのにごめんね」
 ルフェーヌはディエゴへ謝るが、ディエゴは何かの気配を感じて辺りを見回す。
 辺りが暗くなって人影しか分からなくなった頃、足音が近づいてくる。
 「アデルかしら?」
 ルフェーヌとディエゴは足音がする方を見ると、わずかな光を反射している存在に気づく。その存在が一枚の紙をルフェーヌとディエゴへめがけて投げ飛ばす。紙は勢いよく二人をめがけて飛んでいくが、ルフェーヌとディエゴは辺りが暗くて紙がよく見えない。
 「!」
 ルフェーヌは動けずにその場に立っている。ディエゴは炎魔法で紙を燃やせるが、紙が飛んでくる速度が早すぎて焼き払う前にルフェーヌに当たってしまう。ディエゴは勢いよく飛ばされる鋭利な刃物のような一枚の紙からルフェーヌを庇う。
 「っ……!」
 ディエゴはルフェーヌを庇い、右の上腕を紙で切ってしまう。紙だというのに服の袖は切れて、ディエゴの腕から血が滲む。
 「ディエゴ様!」
 ルフェーヌはディエゴを心配して声をかける。すると紙を投げ飛ばしたと思われる人物がルフェーヌとディエゴに声をかける。
 「王太子殿下の魔法力は奪わせてもらったわ。自分から呪詛魔法陣を受けるなんて、王太子殿下は意外とドジなのかしら」
 来ないと思われていたアデルがルフェーヌとディエゴの前に姿を現す。アデルは黄金色のような輝くドレスとその色のハイヒールを履いているため、暗闇でも存在が分かりやすい。アデルは投げ飛ばして戻ってきた紙を手に取りながら、ディエゴを故意に狙ったように話し出す。
 「ルフェーヌを狙ったのではないのか?」
 ディエゴは腕を押さえてアデルを睨む。
 「なぜ無能王女にそんなことをする必要があるの? あたくしは最初から王太子殿下を狙っていたわ」
 アデルはルフェーヌが魔法を使えるようになった事、元から音属性の魔法を使えた事を知らない。
 ディエゴは身体から魔法力がなくなっていくのを感じる。ディエゴは自身の手のひらを見つめる。いつも魔法を使う時には魔法陣が赤く浮かび上がってくるが、何も浮かんでこない。
 ディエゴは魔法力を完全に奪われ”何もない”という感覚に陥る。人より強い魔法力を持っているディエゴは無の感覚を知り、恐怖する。
 「無能王女と無能王太子、良い組み合わせね。魔法力がないから王太子の座もおしまいね! 王太子殿下にはどんな未来が待っているかしら」
 アデルはまるで他人事のようにディエゴへ明るく言う。
 「王太子殿下、何もできないってどんな感じかしら? お姉様はずっとその感覚なのよ」
 アデルはディエゴをあざ笑う。
 「ねえ、これを無効にしてほしい?」
 アデルは先程投げ飛ばした紙、呪詛魔法陣を見せる。呪詛魔法陣はディエゴの血を吸って赤く浮かび上がっている。呪詛魔法陣を無効にするには願者、アデルの血判が必要だ。
 「無効にしてあげてもいいけど、条件があるわ」
 ディエゴはアデルを睨みながら「何だ?」と返す。
 「王太子殿下、あたくしを正妻として迎え入れなさい」
 アデルの条件を聞いてルフェーヌは顔を真っ青にする。
 パイロープ国は近代まで一夫多妻制であった。ここ数年は一夫一婦制になっているが制度がなくなったわけではない。
 アデルが正妻になるという事はルフェーヌは必然的に側室の扱いになってしまう。
 「誰がお前なんかを」
 「そう。なら王太子殿下の魔法力がないことを公表するわ。公表したらどうなるかしらね」
 王太子の座を追われ、ディエゴが今まで築いてきた地位や名誉も全てがなくなってしまう。ルフェーヌは眉根を寄せるディエゴの顔を不安な表情で見上げる。
 「でもあたくしは優しいからそんなことをしないわ。あたくしを正妻にすれば、王太子殿下の魔法力を回復させてあげる。でも回復させるのはほんの少しだけ。王太子殿下はあたくしがいないと魔法が使えない存在に成り下がるのよ。王太子殿下はあたくしに頭が上がらなくなるの」
 アデルは呪詛魔法陣でディエゴの魔法力を奪い、さらに別の呪詛魔法陣でほんの少しだけディエゴに魔法力を与える計画だ。
 「あたくしが王太子殿下の小さい炎に風を送って燃やしてさしあげるの。王太子殿下は一生あたくしに懇願して魔法力を授かるという恩恵を受けるのよ。あたくしがいないと何もできない王太子殿下」
 アデルは見下すようにディエゴへ視線を送り、軽蔑するように鼻で笑う。
 「お姉様。これからもあたくしと仲良し姉妹で一緒にいられるわよ。三人で一緒に仲良く暮らしましょう」
 ルフェーヌにはアデルの言葉が地獄からの言葉のように聞こえる。
 今度はディエゴを巻き込み、ルフェーヌがスフェーン国でアデルと暮らしてきた日々がまた始まろうとしている。ルフェーヌは頭が真っ白になり、寒気で身体を震わせる。
 「無能王太子として公表されるか、正妻のあたくしに一生恩恵を受けるかを選びなさい」
 アデルはルフェーヌとディエゴの前で仁王立ちになり、ディエゴに答えを迫る。
 「お前には屈しない」
 ディエゴは即答で答える。
 「自尊心は立派ね。でも選択肢は二つしかないのよ」
 アデルはもう一度ディエゴへ答えを迫る。ルフェーヌはディエゴに庇われている背中から出て、アデルが手にしている呪詛魔法陣を奪い取る。
 ルフェーヌはアデルから奪った呪詛魔法陣を手で破ろうとするが破れない。
 「なに無駄なことをしているのかしら。お姉様って無能だから何も知らないのね。魔法力を使わないと破れないわ。お姉様は何か魔法を使えたかしら? 何もできない無能王女だったわね! あはは!」
 アデルは可笑しそうに笑い、言葉を続ける。
 「この場で呪詛魔法陣を破れるのはあたくしだけよ」
 ルフェーヌは風魔法を使えるようになったが、ハンカチのような軽い物を風でそよがせて浮かせる程度の初歩的な魔法しか使えず、呪詛魔法陣を風魔法の攻撃魔法で切るということはできない。ルフェーヌは呪詛魔法陣を手にしたが、解決する方法を持っていない。
 「返して」
 アデルはルフェーヌへ手を差し出す。
 「アデル、こんな酷いことやめて!」
 ルフェーヌは呪詛魔法陣を両手で握り、アデルへ訴える。
 「酷い? 酷いのはお姉様よ。あたくしにこんなことをさせるのだから」
 「わたしのせい?」
 ルフェーヌは自分のせいと言われて、意味が分からず動揺する。
 「お姉様からの手紙を読んだわ。まるでお飾り王太子妃の自覚がないんだもの。だから心配になって呼び出したの。ここなら人目に付かなくていいでしょ?」
 手紙の内容は嘘で、アデルは初めからこうする事を仕組んでいたようだ。アデルは言葉を続ける。
 「お姉様はガラスケースに入ったお飾りのお人形なのよ。埃を被って部屋にいるだけのお人形。そんなお人形がいろんな景色を見てはいけないわ。何も知らなくていいの」
 アデルはルフェーヌがお飾りになっていない事を言っている。ルフェーヌはディエゴと過ごした楽しかった数ヶ月間を思い出す。
 「わたしがガラスケースに入ったお人形だったらいいの?」
 ルフェーヌは心が揺らぐ。ディエゴと楽しい日々を過ごさなればディエゴを助けられる。ルフェーヌはそう思い始める。
 「ガラスケースの中は何事もなくて幸せでしょ?」
 何事もなくーー。ルフェーヌにとって初めて誰かと一緒にいて心が自由になる時だった。それがなくなってしまう。しかしディエゴがアデルの言う通りになってしまったらと思うと、胸が締め付けられるように辛く苦しい。
 「これを返すからディエゴ様の魔法力を元に戻してほしいの。わたしはお人形で構わないから……」
 ルフェーヌはアデルへ呪詛魔法陣を渡そうとするが、まだ迷って手が震えている。ルフェーヌは冷静に考えられず、ルフェーヌはこうする事でしかディエゴを助けられないと思っている。
 いつもの自分に戻るだけ。ルフェーヌはディエゴとの未来を諦めようとしている。
 「お姉様はあたくしの言う通りにしていればいいのよ」
 アデルは呪詛魔法陣を受け取ろうと手を伸ばす。
 「渡すな」
 ディエゴの一言にルフェーヌの手の震えは止まる。
 「ルフェーヌ、お前は一生アデルの言いなりになるのか」
 ルフェーヌは言いなりと言われて目が覚める。慣れすぎて気づかなかったアデルの自分への言動。ルフェーヌはもうそんな自分に戻りたくなかった。
 「言いなりだなんて、失礼なことをおっしゃるのね。お姉様、早く返して」
 ルフェーヌはどうすればいいか分からず、困惑する。
 「返しなさいっ!」
 アデルは言葉を強めてルフェーヌへ迫る。
 「いやっ!」
 ルフェーヌはその場から走って離れる。
 「待ちなさい!」
 アデルはルフェーヌを追いかける。アデルはルフェーヌを逃がさないために向かい風を送るが、ルフェーヌは構わず森へ入って奥へと走って行く。
 「ルフェーヌ!」
 「アンタはそこで待っていなさい!」
 ディエゴが追いかけようとすると、アデルはディエゴへ壁のような風を送って身動きを取れなくしてルフェーヌを追いかける。