妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています

 夕方に差し掛かる頃、ルフェーヌは舞踏場にあるピアノを弾いて歌を歌っている。
 ルフェーヌはジョゼが部屋を出て行ってからディエゴの事を考えていた。ルフェーヌは部屋を出て歩いていると、何となく足が向いて舞踏場へやってきていた。
 ディエゴと婚約パーティーでダンスをした舞踏場。あの時は大勢の前で煌びやかな赤いドレスを着てダンスを踊った。ルフェーヌにとって夢のような時間を過ごした。
 舞踏場を歩いているとルフェーヌはピアノがある事に気づく。ルフェーヌはピアノが弾けるため、誰もいない舞踏場でピアノを弾き始める。
 美しいピアノの旋律が舞踏場内に響いている。
 ルフェーヌはディエゴへの恋の悩みをピアノの旋律に乗せている。その旋律は透明感を感じるように美しく静かで時折、激しく乱すような音を奏でている。
 ルフェーヌはピアノに合わせて歌を歌い出す。その歌に歌詞はなく、ハミングで歌っている。
 ルフェーヌはピアノを弾き、歌を歌いながらディエゴの事を考えている。
 威圧感があり、苛立ちやすく、不器用な優しさ、安心するあたたかさ。
 ルフェーヌはディエゴと過ごした日々を思い出している。
 お飾り王太子妃になるためにここへやってきた。なのにルフェーヌはディエゴを求めてしまっている。ルフェーヌはそれを恋と認めるのには勇気が足りなかった。
 ルフェーヌはディエゴの事を考え、一人の世界に没頭しているとルフェーヌの想い人に声をかけられる。
 「ルフェーヌ」
 ピアノを奏でていると背後からルフェーヌの名前を呼ぶディエゴの声がする。
 「きゃあっ!」
 ルフェーヌは驚いて演奏を乱し、声がした背後を振り返る。
 「ディエゴ様……。どうしてここに?」
 ディエゴの事を考えながらピアノを弾いて歌っていたら、すぐ後ろにディエゴの姿があった。突然本人が後ろに現れ、ルフェーヌは驚いて鼓動を弾ませる。
 ルフェーヌは鼓動を落ち着かせるため、胸に手を当てて深呼吸をして整える。
 「驚いたのか。ルフェーヌが俺をここに呼んだのだろう?」
 「わたしが?」
 ディエゴはここに来た経緯を話し始めた。ジョゼとオレリアンが去った後、執務室で仕事をしていると普段より集中できなかった。執務室を出て歩いていると、舞踏場辺りでピアノの音が聞こえてきた。
 誰もいないはずの舞踏場で誰が弾いているのか、ルフェーヌのような気がしていたが本当に本人だった。
 「誘われるようにここに来た。ルフェーヌの音属性の能力なんだろうな」
 音属性は稀で、ルフェーヌが魔法の練習で読んでいる古い書物にも詳細が書かれていない。記述が少ないため、ルフェーヌ自身も音属性の能力をよく分かっていない。
 「わたしの能力、ですか」
 ルフェーヌは自分の能力と言われてはにかむ。
 ディエゴと魔法の練習をして魔法を使えるようになっていった。ここに嫁ぐまで魔法が使えない無能王女と影で言われていたルフェーヌは魔法を使える事を嬉しく思って笑う。
 「俺の事を考えながら弾いていたんだろ」
 ディエゴは意地悪そうに笑いながらルフェーヌにたずねる。
 「なぜ分かるのですか!」
 ルフェーヌは図星を突かれ、顔を赤くする。
 「やっぱりな。そんな気がしただけだ」
 ディエゴはルフェーヌが想像通りの反応をして満足そうに笑う。ディエゴの近くにいた女性はこのような反応をしないため、ディエゴにとって見ていたくなる反応だ。
 「執務室から舞踏場は遠い。俺だけが引き寄せられたってことは、そうなんだろ」
 ディエゴは距離を縮めてルフェーヌに迫る。
 「俺に会いたかったんだろ、答えろよ」
 ディエゴはルフェーヌの髪に触れる。ルフェーヌはディエゴの指から滑り落ちる、輝くほど美しいプラチナブロンドの髪に触れられ頬を紅潮させて照れる。
 「恥ずかしいです……」
 ルフェーヌは自分の心の中を知られたようで、顔を赤くして俯く。
 ディエゴはピアノの譜面台に楽譜がない事に気づき、ルフェーヌに質問する。
 「楽譜がないが、覚えている曲を弾いているのか?」
 「わたしの気持ちと言うのでしょうか、わたしが思った音をピアノで弾いています。なので、ディエゴ様に”俺の事を考えながら弾いていたんだろ”と言われて驚きました」
 ルフェーヌの音属性の能力で思った旋律を奏でられる。楽しい気分の時は楽しい曲。悲しい気持ちの時は悲しい曲を奏でる事ができる。悲しいのに無理に楽しい曲を奏でようとすると楽しい曲なのに、どこか悲しく聞こえる曲になる。
 「ルフェーヌは本当に可愛いな」
 ディエゴは笑顔でルフェーヌの頭を撫でる。ルフェーヌは嬉しそうに笑う。
 「お前のピアノは孤児院を訪問した時に聞いた楽しい曲とは違う曲のようだ。今は穏やかなのに嬉しそうに跳ねて、たまに落ち込むように暗く落ち着いた旋律ーー。言葉にするのが難しい」
 ディエゴはルフェーヌの旋律を思い出しながら言葉を並べる。ディエゴはその旋律を甘酸っぱく時に苦味があるように感じる。
 「そのように聞こえましたか?」
 ディエゴはルフェーヌの問いにディエゴはルフェーヌの想いが乗っている旋律を思い出しながら、言葉にしがたい気持ちを考えていると口から言葉が零れた。
 「まるで恋しているようなーー」
 「え!?」
 ルフェーヌの顔が一瞬で耳まで紅潮して熱を帯びる。
 「わたしが、ディエゴ様に恋ーー?」
 ルフェーヌは内心あわてふためく。自分の気持ちを知られて恥ずかしいが、ごまかす事もできない。
 こんな素敵な人を好きになっていいのだろうか。ルフェーヌは自分に自信がなくてディエゴに恋している気持ちを自覚しないように無意識に蓋をして見過ごしてきた。
 ディエゴにルフェーヌの本心を告げられ、ルフェーヌのディエゴに恋する自覚の蓋が緩む。
 「本当に俺の事を想って弾いていたんだな」
 ディエゴに優しい声で言葉にされてルフェーヌは照れて俯くと、ディエゴは満足げに微笑む。
 ディエゴはルフェーヌが座るピアノの椅子に無理矢理一緒に座ろうと、ルフェーヌを身体で押す。ルフェーヌは押され、一人用の背もたれのないピアノの横長になっている椅子にルフェーヌとディエゴが二人で座る。ルフェーヌは左肩と左腿にディエゴの体温を感じる。
 「俺のために弾いて歌ってくれ。聞いていてやる」
 ルフェーヌは照れながら困ったように眉根を寄せる。
 ルフェーヌは公務以外では個人的に演奏をする事がなかった。戸惑い、即答せずにいるとディエゴが続ける。
 「俺の事を考えて弾いていたんだろ?」
 ルフェーヌは拒否する言葉が思い浮かばず、照れるが再びピアノを弾き歌い始める。
 ルフェーヌが弾き始めた旋律は先程とは少し違っていた。その旋律は恋人が共に過ごすような、穏やかで甘い時間が流れているような旋律を奏でている。
 ルフェーヌは意識的に旋律を変えてはいない。そばにいるディエゴの事を考えながら旋律を奏でて歌っているだけだ。ルフェーヌ自身も自覚のない心の奥にあるような、ディエゴを想う旋律を弾いて歌えるのはルフェーヌが音属性だからだろう。
 「幸せな気持ちになるな。心が穏やかになるというか、木漏れ日というか春のそよ風というかーー。ずっと聞いていたくなる」
 ルフェーヌは嬉しそうに微笑みながら旋律を奏でて歌っている。ルフェーヌの旋律はディエゴに届いている。言葉としてではなく、音として届いている。ディエゴの感性がルフェーヌの恋の旋律を受け止めている。
 ディエゴは炎のように燃える色の瞳を静かに閉じて、ルフェーヌのピアノと歌を聴いている。

 ディエゴはルフェーヌのピアノと歌を聞きながら、十年前に聞いた妖精の歌を思い出していた。