妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています

 ルフェーヌはオレリアンが持ってきてくれた朝食を食べ、ディエゴの看病をしている。ルフェーヌはディエゴの汗を拭い、額を氷のうで冷やしている。熱が高いせいで氷のうの氷はすぐに溶けてしまう。ルフェーヌは氷を入れ替え、再びディエゴの額を冷やす。
 その繰り返しが数時間続いた。

 もうすぐ陽が一番高くなろうとしてる時刻。室内に入り込む風がカーテンを揺らし、気持ちの良い風を運んでくる。ルフェーヌはあれからずっとディエゴの看病をしている。
 ルフェーヌはディエゴの汗を拭うタオルを持ちながらディエゴを見つめている。ディエゴは朝より穏やかな表情をしているように見える。
 氷のうの氷は全部溶けてしまった。もうすぐオレリアンがディエゴの魔法薬を運んでくる時間になる。その時に換えを持ってくるだろう。
 ルフェーヌは風で揺れるカーテンに視線を移す。ルフェーヌは揺れるカーテンを眺めていると、子供の頃を思い出した。
 (昔は森でよく鼻歌を歌っていたわ)
 ルフェーヌは子供の頃、城の奥にある森へ一人で行き、お気に入りの場所で一人の時間を過ごすのが好きだった。
 その場所は森の中にあるが、少し開けた場所になっている。太陽の光が降り注ぎ、明るい森だ。野鳥がどこかで鳴き、風が木々の葉を揺らしている。風の声が聞こえてくるようだ。
 当時のルフェーヌは森に吹く風に合わせて鼻歌を歌っていた。ルフェーヌにとってその時間が癒やされる時間の一つだった。妹の事や何もできない無能王女という事を忘れて、森の自然に触れて一人で過ごす時間はルフェーヌが自由でいられる時間だった。
 ルフェーヌはディエゴの寝室の風で揺れるカーテンに合わせて鼻歌を歌い出す。
 ルフェーヌの透き通るような心地よい歌声が室内を満たす。歌詞のない、風に揺れるカーテンの動きに合わせた歌はディエゴの表情を穏やかにさせていった。
 「妖精(ファータ)……」
 ディエゴは寝言で呟く。
 「ディエゴ様?」
 ルフェーヌは歌を止めて、ディエゴの顔を覗き込む。ディエゴはまだ眠っているようだ。
 ファータとは何だろう、誰かの名前だろうか。夢に見ながら呼んでいるように聞こえた。ルフェーヌはファータと呼ぶディエゴの声が甘く切ないように聞こえた。
 ルフェーヌにはディエゴが「ファータ」を愛おしく思っているのが伝わってきた。
 ルフェーヌがファータが何なのか想像しているとディエゴの瞳がゆっくりと開く。
 「ディエゴ様、お目覚めですか?」
 ルフェーヌは微笑み、目を覚ましたディエゴの顔を再び覗き込む。
 「お前、どうして?」
 ディエゴはルフェーヌがいる事を疑問に思いたずねる。
 「ディエゴ様の看病をしていたのです。少し良くなられたみたいでよかったです」
 ルフェーヌは寝室に来た時よりディエゴの表情が穏やかになっている事に安堵する。
 「確かに休む前より良くなった気がする」
 熱によるディエゴの頬の紅潮が和らいでいる。ディエゴは起き上がり、体調が良くなったと実感している。
 「魔法薬が効いているみたいでよかったです。お水を飲みますか? 汗をかいていらしたから、いかがですか?」
 「いただこう」
 ルフェーヌは水差しの水をグラスに注ぎ、ディエゴへ両手で手渡す。
 ディエゴは水の入ったグラスを受け取り、一気に飲み干す。ルフェーヌは水のおかわりを注ごうと、水差しを傾ける。
 ルフェーヌはディエゴを見ては視線を外している。ルフェーヌはディエゴへファータの事を聞こうかどうしようか迷っている。
 「なんだ?」
 ルフェーヌの視線が気になり、ディエゴはハッキリ言えと言わんばかりの視線を送る。ルフェーヌはディエゴへファータについてたずねる。
 「あの、ディエゴ様。お聞きしてもよろしいですか? ファータとはどなたですか? ディエゴ様が寝言で呟いていたので気になりました」
 ルフェーヌはディエゴへ普段通りに質問するが、ルフェーヌはファータと言葉に出すと密かに胸を痛ませる。そんなに愛おしく大切な人がいるのに、自分と政略結婚をしようとしているのがつらかった。
 「そんなもの、気にするな!」
 ディエゴは機嫌悪く声を荒げてルフェーヌに背中を向ける。背を向ける一瞬だけ見えたディエゴの頬は紅潮していた。まだ熱が高いのだろうか。
 「ごめんなさい。ディエゴ様の大切な方のお名前かと思いましてーー」
 「名前かーー。まあ、そうだな」
 ディエゴにしては歯切れの悪い答え方をする。
 「そうですか……」
 眉根を下げて悲しそうな顔をするルフェーヌはすっかり元気をなくした、消え入りそうな声で受け止める。
 ディエゴは背を向けていたが、ルフェーヌの悲しそうな声を聞き、ルフェーヌの方を向き直る。
 「そんな顔するな。お前、さっさ歌っていただろ?」
 「どうしてそれを?」
 「夢で、聞こえた……」
 ディエゴは珍しく次に言おうとしている言葉を探している。
 「うるさかったですか? 黙ってますね」
 「いや、もう一度歌ってくれないか? 歌えよ」
 「恥ずかしいわ」
 ルフェーヌはディエゴに聞かれていると思わなかった。しかも、もう一度歌えと言われてしまい、恥ずかしくて断る。
 「ほら、寝たぞ」
 ディエゴは持っているグラスをルフェーヌへ渡し、ベッドに横になって瞳を閉じて静かに寝息を立てる。
 ディエゴは本当に眠っているのだろうか。ルフェーヌはディエゴの端正な顔立ちをしている寝顔を見つめる。ディエゴの顔を見つめていると照れてきてしまった。
 ルフェーヌはディエゴが寝ていると思い、遠慮がちに静かに歌い出した。先程と同じ鼻歌を歌っている。
 ルフェーヌは歌いながらディエゴの額から滲む汗を拭いていく。汗の掻き方が少なくなっている。熱が下がっているようだ。
 ルフェーヌは安堵してディエゴのために歌を歌い続ける。