妹に虐げられて魔法が使えない無能王女は、政略結婚でお飾り王太子妃になるはずなのに俺様王太子に溺愛されています

 翌朝。カーテンの隙間から強い日差しが差し込んでくる。
 ディエゴとの初夜を逃げ出したルフェーヌは自室のベッドでシーツを被り、身体を丸めながらいつの間にか眠ってしまっていた。
 ルフェーヌは昨夜の事を思い出す。あんなに男性を間近に感じた事はなかった。不安と未知への恐怖を感じたのに、確実に高揚していた事を思い出す。
 (わたし、なに考えてるの!?)
 ルフェーヌは抱えている枕に顔を埋める。ディエゴに顔を近づけられた先を脳内が勝手に想像している。
 あのまま逃げずにいたら、どうなっていたのだろう。期待を想像するだけで胸が甘い音を立てている。
 「あ……」
 甘い想像と同時に頭痛で苦しむディエゴの顔を思い出す。苦しそうに頭を押さえていた。
 自分のせいかは分からないが、ルフェーヌはアデルと同じ苦しみ方をするディエゴが心配だった。
 ルフェーヌは身支度を整えていると、扉がノックされる。侍女が朝食の時間になった事を呼びにやって来た。
 「ルフェーヌちゃん、おはよう。ここにいるってことは……。というか、アタシのこと覚えてる?」
 侍女はルフェーヌが見慣れない人への視線を送っているのに気づき、侍女は自分を指さしてルフェーヌへたずねる。
 侍女のジョゼはルフェーヌの身の回りの世話をする事になっている。しかし昨日、顔を紅潮させて頭をふらつかせいたルフェーヌはジョゼの自己紹介をほぼ覚えていなかった。
 ジョゼの身長は百六十五センチあり、細身の体型をしている。髪型はショートでウルフレイヤーを入れて首元がスッキリしている。濃茶の髪色で全体的に明るいメッシュがが入っている。瞳は透明感のある茶色をしている。
 ジョゼはドレスやワンピース、長いスカートが苦手でスカートのように見える幅の広いワイドパンツを仕立ててもらい、それを履いている。
 ジョゼはルフェーヌより二歳年上で、大雑把な性格で改まった喋り方が苦手のようで、友人のような口調で話していいかと昨日ルフェーヌへ了承を得ていた。
 ルフェーヌはかろうじて覚えている侍女の名前を呼ぶ。
 「ジョゼさん、よね?」
 「名前は覚えてたね。……一応聞くけど、なんでここにいるの?」
 こことは、初夜を過ごしたディエゴの寝室ではなく、ルフェーヌの部屋にいる事だ。ジョゼは準備を手伝ってくれたので、ルフェーヌがディエゴと初夜を過ごす事を知っている。
 ルフェーヌは初夜を逃げ出して来た事をジョゼへ話す。
 「はあ? 王太子殿下の初夜を逃げ出してきたぁ!? あの劫火のインフェルノと呼ばれる王太子殿下の初夜を……。ルフェーヌちゃん、見かけによらずとんでもないことをする人なんだね」
 ジョゼに心底信じられないと言った表情をされる。それはジョゼの声色からも分かる。
 「だって、あんな風に迫られたら……」
 ルフェーヌは昨夜のことを思い出し、羞恥で顔を隠す。男性経験がないルフェーヌは限界だった。
 「なんだ、惚気か。心配して損した」
 ジョゼは目を細め、呆れる。ジョゼはルフェーヌがもっと重大な理由で逃げ出したと思っていたので安心した。
 「ディエゴ様、怒っているかしら」
 「……」
 ジョゼはルフェーヌから顔を逸らして黙り込む。ルフェーヌはその反応で何となく察する。
 「侍女やメイドの間で噂になってるよ。相当ヤバいね」
 ルフェーヌの顔が一気に真っ青になる。
 「ルフェーヌちゃんは朝食の後に王太子殿下の執務室へ呼ばれてるけど……。まあ、頑張って」
 ジョゼは「惚気てるのなら大丈夫だと思うけど」と付け加え、顔が青いルフェーヌを食堂へ案内する。

 朝食が終わり、ジョゼにディエゴの執務室へ案内してもらう。移動中、メイドたちの噂を耳にする。
 「王太子殿下の初夜を断るなんて、何を考えていらっしゃるのかしら」
 「初夜だなんて羨ましいわ。ああ、あたしと代わっていただけないかしら」
 「私だって代わっていただきたいわ。お相手は王太子殿下ですもの。国王様よりお強いと噂ですし、見目麗しくて素敵ですわ」
 メイドたちはルフェーヌに気づくと早足でその場を去った。
 「ほらね」
 ジョゼは親指で先程のメイドたちを指すとルフェーヌはさらに顔を青くする。

 ディエゴの執務室の前にやってきた。昨日と同じようにジョゼがノックをして声をかけると、ルフェーヌだけを残して去ってしまう。ルフェーヌは扉を開けて執務室の中へ入る。
 執務室は両サイドの壁は天井まである本棚で埋め尽くされ、重厚な雰囲気を感じる。窓を背にして年代を感じさせる書物机が置かれている。
 ディエゴはその書物机に向かい、両肘を机に付いて手を組んでルフェーヌを鋭い視線で見つめる。
 「おい」
 ディエゴが低く発した怒っているような声色。ディエゴは眉根を寄せて機嫌が悪そうだ。
 ルフェーヌは肩を大きく震えさせる。
 「もっとこっちに来い」
 扉の前で手を握り、身を縮めて小さくなって立っているルフェーヌはディエゴに言われた通り書物机を挟んでディエゴと向かい合う。ディエゴの不機嫌な顔がよく見える。
 「俺との初夜を無下にするとは、とんだ王女様だな」
 ディエゴは完全に怒っている。ルフェーヌは焦る頭の中で必死に言葉を探す。ディエゴの言葉はさらに続く。
 「よくも俺をメイドたちの笑い者にしてくれたな」
 ルフェーヌは先程のメイドたちの会話を思い出す。ルフェーヌの顔はさらに青くなっていく。
 「やばいわ……」
 ルフェーヌは侍女のジャンヌと留学生のロジェの「やばい」で頭がいっぱいになり、言葉が口から零れる。
 「は?」
 ディエゴに聞き返され、ルフェーヌは平謝りをてまた黙り込む。
 「この責任をどう取ってくれるんだ」
 ディエゴの視線がさらに鋭くなる。ルフェーヌはディエゴに見られているだけでもつらい。
 「…………。申し訳ございません」
 ルフェーヌは深々とお辞儀をして、耳を済ましても聞こえるか聞こえないかの声で小さく呟く。ルフェーヌは謝罪しかできなかった。
 ルフェーヌは自分と同じ年齢くらいの男性と挨拶以外はほとんど話したことがない。
 経験不足と未知への恐怖と共にディエゴの雰囲気と声に色香を含ませて迫ってくるディエゴに心臓が破裂するかと思い、逃げてしまった。
 ディエゴはなかなか頭を上げないルフェーヌを見て大きなため息を吐き出す。
 「怒る気も失せた」
 ディエゴは立ち上がり、ルフェーヌの横に立つ。真っ直ぐ扉の方を向き、ルフェーヌを見ずに話す。
 「今日は婚約パーティーだから、逃げるなよ」
 ディエゴはそう言って執務室から出て行った。
 扉の音が静かに閉まるとルフェーヌは顔を上げる。
 (婚約パーティー……)
 昨日、初夜の準備をしてもらっている途中でジョゼに婚約パーティーがある事を聞いていた。
 「大変! パーティーの準備しなきゃ!」
 ルフェーヌは慌てて部屋へ帰った。