令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

「アメリア様、“育児しながらの畝監督”って現場がざわついてますわ!」

「わたくしの鍬のリズムに寝かしつけられる赤ちゃんも出ておりますわ」

カレジア村は今、育児と村政の両立を“制度”として本格運用する段階に入っていた。

【新設:ママ村長補助制度】
・議会は昼寝時間に開催
・畝整備作業に“赤ちゃん背負い専用ベルト”が導入
・干し芋配給所に“授乳スペース”設置

ルーク「村の風景がもう“ほんわか系絵本”そのもの……」

ゼクス「本日より“ベビー鍬安全基準”も策定します」

リリア「ですがお嬢様、“両立している”ように見えて、やはり身体が……」

「ええ、わたくしも“完璧ではない”ことは自覚しておりますの。だからこそ、“誰かと一緒に耕す”姿勢を、あらためて大切にしたいのです」

ティナ「じゃあわたしたちが、“村長の子育て”を支えるチーム作ります!」

ネル「名づけて、育ち隊!」

その日からカレジア村では、“育児と行政を支える複合制度”が、
“チーム”というかたちで定着し始めた。

復帰後のアメリアは、“ママ村長”としての毎日をゆるやかに、けれど着実に積み重ねていた。

午前は畝の巡回、午後は調整会議、そして夕方は“子育て講話”と称して、赤ちゃんを抱えながら村の広場で読み聞かせをしていた。

「本日は、『うねとちいさないも』ですの。あるところに、ちいさなちいさな芋がいて……」

よちよちと寄ってくる赤ちゃんたち。
鍬を手に畑を耕していた大人たちも、ふと手を止めてその声に耳を傾ける。

ゼクスが“読み聞かせ対応型鍬”の設計を発表。
「鍬の柄にスピーカーと風鈴を搭載、土を耕すたびに“しずかなしずく”の効果音が鳴る」

ルークが反応。
「もはや禅ですね……」

午後三時。

ティナ率いる“育ち隊”が、週次イベント「鍬舞&読み聞かせタイム」を広場で主催。

・第一部:ゼクスによる鍬舞演目『五感で耕す畝』
・第二部:アメリアによる“いも絵本”朗読『いものいぶき』
・第三部:ルークとネルの劇『鍬とぼくと赤ちゃん』

リリア「この村……一体どこへ向かって……でも、あたたかいから良しですわ……」

夕暮れ、アメリアは畝の端で、息をつくように笑った。

「鍬を振ることと、読み聞かせをすること……どちらも“未来に向かって声をかける行為”なのかもしれませんわね」

村の暮らしの中に、確かに“母としての自分”が溶け込んでいること。

そして“村がそれを受け入れ、育ててくれている”こと。

それが、何よりの励みだった。

それは、ある静かな夜だった。

鍬も畝も、今日の仕事を終え、村には小さな灯がぽつりぽつりと灯っていた。

アメリアは書斎で、“予算案の再調整”と“赤ちゃん用畝幅安全基準”の見直しを同時に進めていた。

そのとき、育ち隊のティナ・ネル・ルークが控えめに戸をノックした。

「……少し、お時間をよろしいですか?」(ティナ)

三人は、アメリアの向かいに腰を下ろした。

「実はわたしたち……その……ちょっとだけ、迷ってるんです」

「育ち隊として毎日がんばってるけど、村政も育児も“どっちかだけを頑張る”のと違って……終わりが見えなくて」

ネルがうつむいて言った。
「大人として、“誰かを支える側”になるって、こんなにしんどいんだって。でも、アメリア様に“育ててもらった”って思ってて……だから支えたくて……」

アメリアは、ゆっくりと紅茶を注ぎながら言った。

「それは、“あなたたちが育った証”ですわ。人は、“育てられたこと”の記憶を抱えたまま、大人になっていくものです。そしていつか、“支えることの重さ”を知り、“支えられていたことの意味”に気づくのですわ」

ティナが、涙を堪えながら笑った。
「アメリア様……わたしたち、まだまだ半人前ですね……」

「ええ。けれど、半人前でも“耕し続けている者”は、もう立派な耕作者です」

その夜、育ち隊の三人はアメリアの書斎でお茶を飲みながら、
静かに“育つ”ということの意味を胸に刻んだ。

アメリアは、書きかけの報告書に一行だけ記した。

『育児と村政の両立、それは孤立ではなく“連帯のかたち”である』

数日後――

アメリアのもとに、王都から一通の封筒が届いた。

差出人は王立政策研修院。
内容は、カレジア村の「育児自治モデル」についての視察依頼だった。

『貴村における子育て支援制度と地域社会の統合的支援構造について、当院研究班による現地視察を希望します』

「とうとう、“わたくしたちの耕し”が、外から見られる時代になりましたのね」

リリア「つまり、おむつ会議も石板議事録も……外部に報告されるのですわ……」

ルーク「芋離乳食の実演どうする!? 石板と紙芝居どっち優先!?!」

ティナ「“育ち隊”としては、全国対応の準備が要るかもです!」

ゼクスは“視察用鍬展示台”を3日で設計した。

村には小さな緊張と期待が走った。

けれど、アメリアは静かに言った。

「わたくしたちが“誰かに見せるため”にやってきたわけではありません。ただ、毎日を誠実に耕してきた“その姿勢”が、誰かの問いに答えられるなら、それは誇りでございます」

その夜、アメリアは再び報告書を開き、一文を加えた。

『子育てと村政は、制度ではなく“共有の姿勢”として耕されるべきである』

そして、こう締めくくった。

『この村は、育てることを“孤立”ではなく“文化”として抱きしめた』

広場には、翌朝“育児と自治の展示コーナー”が設置されることになった。

その見出しには、こう記されていた。

【村ぐるみで育てよう。畝も、子も、暮らしも】

視察当日。王都からの研修団一行が、正装のままカレジア村の土を踏んだ。

「この……地面、やわらかい……?」
「畝の配置が美しい……あれは“歩く導線”まで意識されてる!?」

ルークが満面の笑みで出迎える。
「ようこそ! 本日は“よちよち目線案内ツアー”でご案内します!」

案内担当:育ち隊(ネル&ティナ&ルーク)
内容:
・赤ちゃん専用畝の紹介(クッション仕様)
・石板式離乳食レシピ表示の展示
・育児+自治会議の公開ミニセッション
・“鍬の使い方は語る前に一緒に振る”体験型レクチャー

ゼクス「鍬は理論ではなくリズム、つまり自治とは鼓動です」

研究班代表・教授ミナトはうなずいた。
「この村は、制度ではなく“人の関係性”を構造化している……これは実に貴重な実践だ」

一行は次に、絵本コーナーと“育児と村政史”年表へ。
ティナ「こちらは“いも政治”の誕生から今日までの歩みです!」

ネル「えっと……こちらが、干し芋離乳食の初試食日で……」

ルーク「これが“鍬とねんねと条例改正”同日実施事件です」

視察団は誰もがメモを取り、唸り、時折笑い声を漏らしていた。

そして最後に、アメリアが登壇する。

「わたくしたちは、“見せるための育児”をしているのではありません。ただ、暮らしの中にあるこの営みが、誰かにとっての“選択肢”になるなら。それは、未来への贈り物であると、そう思っております」

教授ミナトは深く頷いた。
「この村は、“子育ての孤独”に対して、“村全体で応答した”構造のひとつの理想です。……この視察を論文にするのが、今から楽しみです」

アメリアは微笑みながら、静かに言った。

「ならば、わたくしたちは耕し続けます。土と、そして“人と人の間”を」

視察団が帰った翌日、カレジア村はいつも通りの朝を迎えた。

けれど、その“日常”は、どこか誇らしさを帯びていた。

村の掲示板には、ゼクスが刻んだ視察記念の石板が掲げられた。

【育児とは個人の責任にあらず。村ぐるみで育つものなり】

リリアが朝の巡回の途中、ふと笑った。
「“普通の一日”が、これほど愛おしいなんて思いませんでしたわ」

その傍らでは、ティナとネルが新しく届いた育児書籍の整理をしていた。

「視察団が置いていった資料、すごく丁寧だったね」
「うん。特に“カレジア村モデル”って名前、もう正式用語になるかもしれないって」

ルークは「よちよち目線図解セット・増補改訂版」の制作に取りかかり、
ゼクスは「村内共耕と共育の関係性」を刻む新たな学術石板の草稿を練っていた。

その日の夕刻。

アメリアは静かに広場を見渡していた。

子どもが走り、大人が鍬を振り、老人が赤ん坊をあやしながら干し芋を手渡す。

そこには、“制度”を超えた“関係”が、暮らしの形になって存在していた。

リリアがそっと尋ねた。
「アメリア様……次は、何を耕しますか?」

アメリアは少しだけ考えてから、優しく微笑んだ。

「そうですわね……今度は“学び”を耕してみたいですわ。育ち、育てる、そして学ぶ。その輪が続けば、村はきっと未来を生き抜けます」

その言葉に、リリアは深くうなずいた。

「村政も育児も、学びも。全部、つながっているのですね」

アメリアは視線の先、遠く揺れる畝を見つめた。

「畝の先には、まだ知らぬ種が埋まっておりますの。「それを探し、育て、誰かと分かち合う。それが、村長としてのわたくしの“次の耕し”ですわ」

夕日が畝を金色に染めていた。