令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

村に届いた、一通の手紙。

差出人は王都行政局・人材登用室。

内容は簡潔だった。

『クロード・アルヴァ=ヴァレンティア殿に対し、王都特別行政補佐官としての任用を打診する』

アメリアは、手紙を読み終えた後、しばらくその場に立ち尽くしていた。

「お嬢様……?」

リリアの声に、ようやく我に返った。

「わたくし……何も感じないと思っていましたの。けれど、胸が……少し、ざわついておりますわ」

クロードは村の畑で、子どもたちに鍬の持ち方を教えていた。

「力じゃなくて、角度を意識して。土に優しく、でもまっすぐに」

「クロードー!こっちの土、硬いよー!」

「じゃあ僕が“柔らかくなる魔法”をかけてあげよう」

\わああ! クロードすごーい!/

アメリアはその様子を遠くから見つめていた。

“この人が、いなくなるかもしれない”

その予感は、彼女の中に小さく、だが確かに根を張り始めていた。

その夜。

二人きりの食事。

クロードは、少し困ったように言った。

「……君には、話さなきゃいけないことがあるんだ」

「ええ。“王都からの任用”の件ですわね」

「知ってたんだね」

「当然ですわ。わたくし、村長ですもの」

「……受けるべきか、断るべきか。まだ答えは出ていない」

「どうして、迷っているのですか?」

クロードは少しだけ、俯いた。

「君と、この村が好きだ。でも王都でしかできないこともあるかもしれない。……“国を耕す”なら、そっちに行くべきなのかと」

「“村”と“国”は、別の畑ではありません」

「え?」

「わたくしたちは、“この村”を耕すことで、“国の土壌”に触れているのです。もし王都に行くなら、それが“つながっている”という確信を持っていてほしいのですわ」

「アメリア……」

「わたくしは、あなたが“行く”と決めたとしても、それを誇りに思います」

「ただひとつだけ、お願いがありますの」

「なんでも」

「わたくしたちの“未来”を、“片方だけの決断”にしないでください」

クロードは、深く頷いた。



クロードの“王都任用打診”の話は、翌日には村中に知れ渡っていた。

【村内うわさ網速報】
・「クロード様、王都に行っちゃうって本当!?」
・「アメリア様、また独り身に戻るの!?(失礼)」
・「干し芋お別れパーティーの準備始めとく?」

「誰が“干し芋で送り出される男”ですの!!」
(アメリア)

事態を重く見た(主にリリアが)村人たちは、非公式ながら“作戦会議”を開く。

【恋と国家の両立応援会(仮)】
・議長:リリア(使命感)
・副議長:ルーク(ノリ)
・書記:ネル(字が達筆)
・座長(なぜか):ヤギ(無言)

「我々はアメリア様の“未来”を支えるべく、勝手に応援いたしますわ!」

「そもそも、クロードは行く気なのか?」
「アメリア様は本当に引き止めたいのか?」
「この鍬の配置、なんか切ない」

ルークは言った。

「本人たちが“ふたりで決める”なら、それを“祝える村”でいたいよな」

その夜、アメリアとクロードは、畑を並んで歩いていた。

「やっぱり……広がってるね、話」

「ええ。“村”とは、良くも悪くも“風通し”が良すぎる場所ですの」

「迷惑かけて、ごめん」

「違いますわ。“一緒に考えたい”と言ったのは、わたくしのほうですもの」

クロードは、畝の端に立ち止まった。

「……この土、最初に耕したときのこと、覚えてる?」

「ええ。鍬が重すぎて、すぐに腕が痛くなりましたわ」

「それでも、続けた」

「ええ。“何を耕しているのか”を、感じたから」

アメリアは、クロードの手をそっと握った。

「どこに行っても、何を選んでも――“この耕し”は、わたくしたちのものですわ」

彼は、静かに微笑んだ。

「じゃあ、もう少しだけ……村で一緒に耕そうか」

風が吹いた。
畝が揺れた。

朝、村に王都の使者がやってきた。

その手には、金色の封蝋で閉じられた書簡。

『王都行政補佐官 任命書 兼 選択意思確認書』

クロード宛てのものである。

使者は簡潔に告げた。
「十日以内に王都へ返答を。赴任の場合、準備期間を含めて月内移動となります」

アメリアがそれを聞いたとき、胸の奥がほんの少しだけ、苦しくなった。

だが、言葉にはしない。

「……クロード、貴方自身で決めてくださいませ」

「うん。でも、その決断は“僕ひとり”じゃ出せないんだ」

その日、村は“ざわめき”に包まれていた。

「ついに来ちゃったか、任命書」
「もう、お別れですか……?」

リリアはリストを掲げた。

【クロードお見送り準備案】
・鍬型記念プレート制作(ガストン)
・「王都でも耕せ!」横断幕(ルーク作)
・干し芋入りランチパック(村女性陣)
・最後の畑耕しツアー(案内:ティナ&ライル)

「まだ行くとは決まってませんのにっ!!」
(アメリア)

だがその夜。

クロードは、アメリアのもとを訪れた。

「任命、受けるつもりだった。でも――今日、村を歩いて、変わった」

「……何が?」

「“ここに必要とされている”という感覚と、“そこから離れてでもできること”の違いが、やっと分かった」

「それで、どうなさるのですの?」

クロードは、封筒を差し出した。

「答えは、まだここにある」

アメリアは、その未開封の書簡を見つめながら、静かに言った。

「……わたくしは、どちらを選んでも“貴方を尊敬します”。でも、どちらかしか選べないなら――」



クロードは、村の中央広場に立っていた。

村人が何人か、距離を取って見守っていた。
だがアメリアだけは、まっすぐに向き合っていた。

彼は、金色の封筒を高く掲げた。

「王都からの任命……僕は、辞退することにしました」

ざわっ、と広がる村の空気。

「……理由は二つあります」

「ひとつ。“国を耕す”ことに、村での日々が繋がっていると感じたから。もうひとつ。“誰かの期待に応えるより、誰かと耕したい”と思えたから」

アメリアは、微笑んだ。

「……ようこそ、再び“カレジア村の一員”へ」

リリアが涙目で手を叩いた。

「お帰りなさいですわーーーー!!」

ルークが干し芋を投げ、ガストンがクロードの肩を抱き、
ゼクスは石板に“クロード残留記念”と刻み始めた。

ネルがそっと聞いた。

「クロードさん、“王都じゃない未来”を選んだの?」

彼は小さく頷いた。

「うん。“誰といたいか”で決めたんだ」

アメリアとクロードは、並んで畑へ歩いていった。

「それにしても、“行きません”という選択でここまで盛り上がるとは思いませんでしたわ」

「嬉しいけど、干し芋は投げないで欲しいね。目に刺さる」

「ふふ、そこは“芋の洗礼”ですわ」

アメリアは静かに呟いた。

「“どこを耕すか”を選べたのは、わたくしたちの強さですわね」

クロードは頷き、畝の土に鍬を差し込んだ。

「じゃあ今日も、ここを耕そうか」

「ええ。わたくしたちの、“未来”のために」

風が吹いた。
芋が香った。
ふたりの手には、同じ鍬があった。

「というわけで、“未来共有計画会議”を開催いたします!」

アメリアの宣言に、村の会議室(納屋)はざわついた。

「いや名前が重いっすお嬢様!!!」(ルーク)
「恋の続きが会議になる村、ここだけですわ……」(リリア)

議題:
ふたりの将来の住居(村のどこに建てるか)
家事分担(鍬担当と鍋担当)
共同で耕す畑の名前(候補:未来畑、愛のうね、クロメリア圃場)
そもそも、村公認“恋人同居制度”を新設すべきか

「村政に恋愛制度が本気で組み込まれようとしてますの!?」

ゼクスは静かに、“ふたりの未来年表”を石板に彫っていた。

【クロード・アメリア生活暦(仮)】
・来月:共同畝試験耕作
・半年後:試験的共同居住
・一年後:未定(でも鍬だけは用意済)

その夜、アメリアとクロードは、丘の上でふたりきり話していた。

「……ちょっとびっくりしました。ここまで祝われるとは」

「ええ。村に“ふたりの未来を耕されてる”気分ですわ」

「でも、それも悪くない」

「はい。誰かと生きるということは、きっと“笑われるくらい喜ばしい”ことなのでしょうね」

彼女は、そっと手を重ねて言った。

「それならわたくし、村にたくさん笑ってもらえる未来を、耕してまいります」

翌朝。

村の掲示板に貼り出されたのは、一枚の手書き文書だった。

【未来宣言式のご案内】
日時:本日夕刻、畑前広場
内容:アメリア・ルヴァリエ&クロード・ヴァレンティアによる未来に関する共同声明
備考:干し芋持参可

「また勝手に貼ってますわね!?」(アメリア)

「村の伝統行事です、お嬢様!」(リリア)

「いやいや、初めてのことですわよね!?」

だがアメリアは微笑んでいた。

夕刻。広場に集まった村人たち。
舞台は干し藁で飾られ、ゼクス作の“鍬を重ねたレリーフ”が中央に置かれている。

司会:ルーク(棒人間スピーチ)
演出:ティナとネル(花輪と芋バナー)
料理:ガストン(鍬型焼き芋)
音楽:サラ&リット(即興詩と太鼓)

ふたりは手を取り、壇上に立つ。

アメリアが先に語る。

「わたくし、ここに宣言いたします。この村で、そしてこの人と、未来を耕していくと」

クロードが続ける。

「僕もここに誓います。君と村と共に、これからも“選び続ける日々”を過ごすと」

リリアが早くも泣いている。

「な、なんて……愛のある自治宣言ですの!!!」

その後、ふたりの手には“鍬型の木製指輪”がそっと渡される。

「鍬……指輪……?」

「これは、村の“未来の印”です」
(ゼクス談)

互いの指にそれをはめると、村中から拍手と芋の香りが一斉に広がった。

アメリアは、クロードの手を握ったまま、皆に言った。

「政でも恋でもなく、“暮らし”を耕す決意を、ここに。それが、わたくしたちの未来ですわ」

風が吹いた。
芋が、焼き上がった。
そして鍬が、ふたつ重なっていた。