きみの春に、溶けていく

東京に引っ越して、朔と住むようになって毎日はあっという間に過ぎていった。
秋の儚さを感じるよりも歌手としての忙しさの方が勝っていて、私たちは本当に目の前のことに必死だった。

「 雪化記憶症候群かもしれません」

だから、久しぶりに晴さんが紹介してくれた大きな病院に行った時、そう言われて愕然とした。

だって、私のこの記憶は、私のせいなんだって、どこかで気づいていたから。

私は悪くないの?
病気がそうしていたの?

「世界でも数例しかみたことがありませんが、雪国に生まれた人に記憶が消えたり、全く消えなかったり、記憶障害を繰り返す病気です。灯さんの症例が必ずそれにあたるとは限りませんが……」

「灯は……治るんですか!? 治療法は」

「あります。これからの記憶障害を止める薬が。ためしてみる価値は充分あるでしょう」

「なら、それを!」

「ただ、その薬を飲むより前の記憶は二度と取り戻せなくなります。それでもよいですか」

「……朔。私、嫌だよ。たとえこの先は大丈夫になるんだとしても、自分の記憶は自分でもっていたいよ」

「灯、でも。僕たちは今とても大事な時期だ。これからの人生の方がずっと長い」

「答えは急ぎませんから、ゆっくり決めてください」

「いいえ、先生。私はその薬は飲まない。私はモルモットでも病気でもない。私は私でいたいから」

「分かりました……。またいつでも話は聞きますから。いつもの薬だけ出しておきますね」

そうして朔と診察室を出た。
朔はずっと黙り込んだ。