放課後のチャイムが鳴り終えた教室は、
一日の熱を少しだけ残して静まり返っていた。
窓の外では、沈む夕陽が西の空を茜色に染めている。
瑠奈は、誰もいない教室の隅でノートを閉じた。
ページの端には、今日も走り書きのまま残った文字――
《強くならなきゃ。平気なふりをする練習》
その一行が、かすかににじんでいた。
(もう……泣かないって決めたのに)
小さく息を吸って顔を上げた瞬間、
ドアの向こうから二人の笑い声が聞こえた。
「麗華、今日も助かったよ。あの資料、君がまとめたんだろ?」
「うん、悠真くんが忙しそうだったから」
「ほんと、助かる」
(また……)
瑠奈の胸が締めつけられる。
“助かる”――その言葉は、かつて自分が言われた言葉。
けれど今、それはもう彼女のものではない。
扉が開く。
悠真と麗華が教室に入ってくる。
ふとした拍子に、三人の視線が交わった。
「瑠奈ちゃん、まだ残ってたの?」
「……うん。少しノートを整理してただけ」
麗華は軽く笑い、机の上のノートを覗きこむ。
「真面目ね。ねえ、悠真くん、見て。こういうところ、尊敬しちゃう」
「……ああ」
悠真は曖昧に笑った。
その笑顔に、瑠奈の胸の奥で何かが静かに崩れた。
何も悪くない。
誰も悪くない。
なのに、どうしようもなく痛かった。
「じゃあ、行こうか」
悠真が麗華に向かって言った。
「打ち合わせ、もうすぐ始まる」
「うん」
二人が教室を出ていく。
扉が閉まる瞬間、瑠奈の喉が小さく震えた。
――どうして、置いていくの。
――どうして、笑っていられるの。
気づけば、頬を伝うものがあった。
視界がぼやけ、ノートの罫線が涙で滲む。
「瑠奈……?」
声がして、振り向けば拓也が立っていた。
彼は静かに近づき、机の上の濡れたページを見つめる。
「泣くなよ」
「……泣いてない」
「嘘つけ。目、真っ赤だ」
瑠奈は首を振った。
「平気だから。大丈夫だから」
「平気そうな人ほど、いちばん大丈夫じゃない」
拓也の声は、驚くほど優しかった。
彼はそっとハンカチを差し出した。
白い布地に刺繍された“T”のイニシャル。
「……ありがとう」
「俺、もう見てられないよ。
お前が誰かを想って、傷ついて、何も言えないで泣くの」
瑠奈は顔を上げた。
「拓也くん、お願い……そんなこと言わないで」
「なんで?」
「言われたら……涙が止まらなくなるから」
次の瞬間、瑠奈の声が小さく震えた。
抑え込んできた感情が、堰を切ったようにあふれ出す。
「好きなの……。
どんなに距離があっても、
どんなに他の人と一緒にいても、
悠真くんが笑ってるだけで、嬉しくて、苦しくて……」
涙がぽとりとハンカチに落ちた。
夕陽がそれを照らし、宝石のように輝いた。
拓也は何も言わず、その肩を抱き寄せた。
彼女が拒まないことを確認するように、ただ静かに。
「泣いていいよ。俺がいる」
瑠奈はその胸の中で、
小さく嗚咽を漏らしながら、
初めて心の奥から泣いた。
それは、誰にも言えなかった恋の証。
“沈黙の涙”が、彼女の春を塗り替えていくようだった。
夕暮れの空は、すでに群青に染まり始めていた。
噴水の音が遠くで響く。
風が吹き抜け、桜の花びらが舞う。
その一枚が、教室の窓から滑り込み、
机の上のハンカチの上にそっと落ちた。
まるで、「この恋はまだ終わっていない」と告げるように。
一日の熱を少しだけ残して静まり返っていた。
窓の外では、沈む夕陽が西の空を茜色に染めている。
瑠奈は、誰もいない教室の隅でノートを閉じた。
ページの端には、今日も走り書きのまま残った文字――
《強くならなきゃ。平気なふりをする練習》
その一行が、かすかににじんでいた。
(もう……泣かないって決めたのに)
小さく息を吸って顔を上げた瞬間、
ドアの向こうから二人の笑い声が聞こえた。
「麗華、今日も助かったよ。あの資料、君がまとめたんだろ?」
「うん、悠真くんが忙しそうだったから」
「ほんと、助かる」
(また……)
瑠奈の胸が締めつけられる。
“助かる”――その言葉は、かつて自分が言われた言葉。
けれど今、それはもう彼女のものではない。
扉が開く。
悠真と麗華が教室に入ってくる。
ふとした拍子に、三人の視線が交わった。
「瑠奈ちゃん、まだ残ってたの?」
「……うん。少しノートを整理してただけ」
麗華は軽く笑い、机の上のノートを覗きこむ。
「真面目ね。ねえ、悠真くん、見て。こういうところ、尊敬しちゃう」
「……ああ」
悠真は曖昧に笑った。
その笑顔に、瑠奈の胸の奥で何かが静かに崩れた。
何も悪くない。
誰も悪くない。
なのに、どうしようもなく痛かった。
「じゃあ、行こうか」
悠真が麗華に向かって言った。
「打ち合わせ、もうすぐ始まる」
「うん」
二人が教室を出ていく。
扉が閉まる瞬間、瑠奈の喉が小さく震えた。
――どうして、置いていくの。
――どうして、笑っていられるの。
気づけば、頬を伝うものがあった。
視界がぼやけ、ノートの罫線が涙で滲む。
「瑠奈……?」
声がして、振り向けば拓也が立っていた。
彼は静かに近づき、机の上の濡れたページを見つめる。
「泣くなよ」
「……泣いてない」
「嘘つけ。目、真っ赤だ」
瑠奈は首を振った。
「平気だから。大丈夫だから」
「平気そうな人ほど、いちばん大丈夫じゃない」
拓也の声は、驚くほど優しかった。
彼はそっとハンカチを差し出した。
白い布地に刺繍された“T”のイニシャル。
「……ありがとう」
「俺、もう見てられないよ。
お前が誰かを想って、傷ついて、何も言えないで泣くの」
瑠奈は顔を上げた。
「拓也くん、お願い……そんなこと言わないで」
「なんで?」
「言われたら……涙が止まらなくなるから」
次の瞬間、瑠奈の声が小さく震えた。
抑え込んできた感情が、堰を切ったようにあふれ出す。
「好きなの……。
どんなに距離があっても、
どんなに他の人と一緒にいても、
悠真くんが笑ってるだけで、嬉しくて、苦しくて……」
涙がぽとりとハンカチに落ちた。
夕陽がそれを照らし、宝石のように輝いた。
拓也は何も言わず、その肩を抱き寄せた。
彼女が拒まないことを確認するように、ただ静かに。
「泣いていいよ。俺がいる」
瑠奈はその胸の中で、
小さく嗚咽を漏らしながら、
初めて心の奥から泣いた。
それは、誰にも言えなかった恋の証。
“沈黙の涙”が、彼女の春を塗り替えていくようだった。
夕暮れの空は、すでに群青に染まり始めていた。
噴水の音が遠くで響く。
風が吹き抜け、桜の花びらが舞う。
その一枚が、教室の窓から滑り込み、
机の上のハンカチの上にそっと落ちた。
まるで、「この恋はまだ終わっていない」と告げるように。

