朝の教室。
春の終わりを告げる風が、カーテンを揺らしていた。
黒板の隅には「期末試験まであと十日」と書かれている。
ざわめくクラスの中で、瑠奈は窓際の席から空を見上げていた。
白い雲が、ゆっくりと形を変えながら流れていく。
その速さが、季節の終わりを告げているようだった。
(あの日から、一度も話していない)
悠真と麗華が並んで話す姿を、もう何度見ただろう。
彼の笑顔を見ても、心は静かに波立つだけ。
痛みすら、少しずつ薄れていく。
それが、かえって悲しかった。
放課後、校舎の廊下。
瑠奈はひとり、下駄箱の前で靴を履き替えていた。
ふと見ると、昇降口の向こうに悠真が立っている。
夕陽に照らされた横顔。
手には花祭でもらった記念写真が握られている。
彼は気づかぬふりをして、
ゆっくりと外へ歩き出した。
「……待って」
声が喉の奥で震えた。
けれど、その声は届かない。
瑠奈の手の中では、例の“封をしていない手紙”がくしゃりと音を立てた。
(もう、渡せない――)
校門を出た先、夕暮れの光の中。
麗華が待っていた。
「悠真くん、やっぱり来た」
「約束したからな」
「ふふ……やっぱり、そういうところ、好き」
その会話が遠くで聞こえる。
笑い声。
夕陽のオレンジ色が二人の影を重ねていた。
瑠奈は、ただその背中を見送ることしかできなかった。
風に吹かれた髪の隙間から、
彼の背中が少しずつ小さくなっていく。
――まるで、二度と届かない夢のように。
「瑠奈」
背後から拓也の声。
彼は息を切らしながら立っていた。
「……行かなくていいのか?」
「もう、いいの」
「ほんとに?」
「うん。
私は“沈黙”を選んだから」
拓也は目を細めた。
「……沈黙って、強いようで弱いな」
「うん。だから、私、少しずつ強くなる」
そう言って、瑠奈は微笑んだ。
その笑顔には、かすかな決意の光があった。
拓也は一歩近づき、
「俺は、これからもお前のそばにいる」と言った。
「ありがとう」
瑠奈は静かに答えた。
けれど、その瞳はどこか遠くを見ていた。
夜。
部屋の明かりを落とし、
机の上に置いた手紙を見つめる。
封筒の端に、カスミソウの小さな花びらが挟まっていた。
それを指で摘み、瑠奈は小さく息を吐く。
「さよなら、悠真くん」
そう呟いて、手紙を引き出しの奥にしまった。
光の庭で交わした約束――
“離れない”と誓った春の日の記憶が、
ゆっくりと過去に沈んでいく。
翌朝、校庭の桜の木の下。
瑠奈は静かに立ち止まった。
花はすでに散り、枝には新しい緑が芽吹いていた。
そこに、悠真が通りかかる。
二人の間を、春風が通り抜ける。
「……おはよう」
瑠奈が言う。
悠真は少し驚いたように目を見開き、
それから、かすかに微笑んだ。
「おはよう」
それだけ。
でも、もう十分だった。
言葉の少ない朝の挨拶が、
二人にとっての“最後の会話”になった。
放課後、教室の黒板には「卒業まであと三週間」の文字。
時間は、もう戻らない。
瑠奈は鞄を肩にかけ、
最後にもう一度だけ教室を振り返った。
机の上に、淡い光が差している。
その光がまるで「約束の名残」のようで、
胸が少しだけ締めつけられた。
(さよなら、あの春)
そして、彼女は静かに教室を出た。
春の終わりを告げる風が、カーテンを揺らしていた。
黒板の隅には「期末試験まであと十日」と書かれている。
ざわめくクラスの中で、瑠奈は窓際の席から空を見上げていた。
白い雲が、ゆっくりと形を変えながら流れていく。
その速さが、季節の終わりを告げているようだった。
(あの日から、一度も話していない)
悠真と麗華が並んで話す姿を、もう何度見ただろう。
彼の笑顔を見ても、心は静かに波立つだけ。
痛みすら、少しずつ薄れていく。
それが、かえって悲しかった。
放課後、校舎の廊下。
瑠奈はひとり、下駄箱の前で靴を履き替えていた。
ふと見ると、昇降口の向こうに悠真が立っている。
夕陽に照らされた横顔。
手には花祭でもらった記念写真が握られている。
彼は気づかぬふりをして、
ゆっくりと外へ歩き出した。
「……待って」
声が喉の奥で震えた。
けれど、その声は届かない。
瑠奈の手の中では、例の“封をしていない手紙”がくしゃりと音を立てた。
(もう、渡せない――)
校門を出た先、夕暮れの光の中。
麗華が待っていた。
「悠真くん、やっぱり来た」
「約束したからな」
「ふふ……やっぱり、そういうところ、好き」
その会話が遠くで聞こえる。
笑い声。
夕陽のオレンジ色が二人の影を重ねていた。
瑠奈は、ただその背中を見送ることしかできなかった。
風に吹かれた髪の隙間から、
彼の背中が少しずつ小さくなっていく。
――まるで、二度と届かない夢のように。
「瑠奈」
背後から拓也の声。
彼は息を切らしながら立っていた。
「……行かなくていいのか?」
「もう、いいの」
「ほんとに?」
「うん。
私は“沈黙”を選んだから」
拓也は目を細めた。
「……沈黙って、強いようで弱いな」
「うん。だから、私、少しずつ強くなる」
そう言って、瑠奈は微笑んだ。
その笑顔には、かすかな決意の光があった。
拓也は一歩近づき、
「俺は、これからもお前のそばにいる」と言った。
「ありがとう」
瑠奈は静かに答えた。
けれど、その瞳はどこか遠くを見ていた。
夜。
部屋の明かりを落とし、
机の上に置いた手紙を見つめる。
封筒の端に、カスミソウの小さな花びらが挟まっていた。
それを指で摘み、瑠奈は小さく息を吐く。
「さよなら、悠真くん」
そう呟いて、手紙を引き出しの奥にしまった。
光の庭で交わした約束――
“離れない”と誓った春の日の記憶が、
ゆっくりと過去に沈んでいく。
翌朝、校庭の桜の木の下。
瑠奈は静かに立ち止まった。
花はすでに散り、枝には新しい緑が芽吹いていた。
そこに、悠真が通りかかる。
二人の間を、春風が通り抜ける。
「……おはよう」
瑠奈が言う。
悠真は少し驚いたように目を見開き、
それから、かすかに微笑んだ。
「おはよう」
それだけ。
でも、もう十分だった。
言葉の少ない朝の挨拶が、
二人にとっての“最後の会話”になった。
放課後、教室の黒板には「卒業まであと三週間」の文字。
時間は、もう戻らない。
瑠奈は鞄を肩にかけ、
最後にもう一度だけ教室を振り返った。
机の上に、淡い光が差している。
その光がまるで「約束の名残」のようで、
胸が少しだけ締めつけられた。
(さよなら、あの春)
そして、彼女は静かに教室を出た。

