春の香りが残る三月、待ちに待った修学旅行の朝。
由埜華は制服のリボンを整え、心臓が高鳴るのを感じながら荷物を背負った。
バスの中は笑い声や歓声で賑やかだが、由埜華の視線は自然と青郎に向かう。
「由埜華、同じ班でよかったな!」
青郎の明るい声に、由埜華は思わず顔を赤らめる。
去年のクラス替え以来、隣の席で過ごす日々が続き、秘密を守る緊張感も少し慣れてきた。
でも、こうして長時間一緒にいるのは、やはり特別だった。
観光地に到着し、班ごとに動き出すと、二人は自然と隣を歩く。
「はい、あーんして」
青郎がふざけてお菓子を差し出すと、由埜華は笑いながら口を開ける。
誰にも見えないように、周りの友達の視線を意識しつつ、二人だけの時間を楽しむ。
手を繋ぐ瞬間も、小さなドキドキが胸を貫く。
「手、冷たい?」
「うん……でも、青郎の手は温かい」
机の下や廊下での手の繋ぎ方とは違い、開けた場所でのささやかな勇気。
でも秘密を守る心の緊張は変わらない。
夕食の時間、班のメンバーが笑いながら食事を楽しむ中、二人は隣同士で小さな距離を保つ。
青郎がさりげなくお箸でお菓子を渡すと、由埜華は自然に笑顔を返す。
「こんなこと、誰にもバレたら怒られちゃうかも」
由埜華は内心で少し緊張するが、青郎が隣にいる安心感がそれを和らげる。
夜、部屋で眠る前、窓の外には満天の星が広がる。
ベッドに腰掛け、青郎と小さな声で話す。
「今日、一日楽しかったね」
「うん、由埜華と一緒だから余計に楽しかった」
その言葉に、由埜華は胸がじんわり温かくなる。
「秘密の関係だけど、こうして特別な時間を過ごせる……幸せ」
そう心の中でつぶやきながら、明日の観光も楽しみだと思う。
――こうして修学旅行中、二人は秘密を守りながらも、
少し大胆に、少し甘く、互いを意識し合う時間を重ねていった。
この日々の積み重ねが、やがて中3の切なさや、受験への不安に繋がるのはまだ先の話だった。
手を繋ぐ温もり、笑顔の共有、そして小さな勇気の積み重ね。
由埜華は胸の奥で静かに思う。
「これからもずっと、青郎と一緒にいたい」
冬の教室での秘密の手繋ぎから、春の修学旅行での甘い時間まで。
二人だけの小さな世界は、まだ誰にも壊されることなく、静かに輝いていた。