春の風が校舎の廊下を通り抜け、桜の花びらがひらひらと舞う季節。
中学2年生になった由埜華は、少し大人になった気分で新しいクラスに向かっていた。
去年と違って少し友達もでき、学校生活は楽しくなってきていたけれど、心の奥ではまだ緊張が残っていた。
その日、席替えが発表され、由埜華は息を呑む。
なんと隣の席には青郎が座ることになったのだ。
「お、隣か!」青郎は嬉しそうに笑い、軽く手を振った。
由埜華は思わず顔を赤くしてうつむく。
隣にいるだけで、心臓が少し速くなるのを感じた。
授業が始まると、二人はさりげなく話しかけ合いながらノートを広げた。
「昨日のサッカー部の練習、どうだった?」
「まあまあかな。青郎は?」
簡単なやり取りだけど、由埜華の心は少しずつ温かくなる。
隣にいるだけで、こんなに安心できるなんて、去年は思わなかった。
放課後、校庭に出た二人は桜の木の下で少し話す。
「ねえ、由埜華……あのさ」青郎が少し躊躇しながら口を開く。
由埜華はドキドキしながら見上げた。
「俺、ずっと思ってたんだ。由埜華のこと、ちゃんと好きって…伝えたくて」
その言葉に、由埜華の胸が締めつけられるような気持ちになった。
あの「暇だからいいよ」の返事から一年が過ぎ、秘密の関係の中で少しずつ気持ちは育っていた。
そして今、やっと自分も「ちゃんと好き」と思えることに気づいた。
深呼吸をして、由埜華は小さな声で答える。
「私も……ちゃんと好きだよ」
青郎の顔がぱっと明るくなり、笑顔が零れた。
「やっと言ってくれたね」
その笑顔は、去年の夏に初めて秘密の約束を交わしたときのように、由埜華の心を温めた。
その日から、二人の関係は少しだけ進化した。
授業中も休み時間も、二人だけの空気が流れる。
席が隣になったことで、手を伸ばせば届く距離にいる。
でも、まだ秘密は守らなければならない。
ある日、休み時間に二人はノートを覗き込みながらこっそり話していた。
「昨日の練習、疲れた?」
「まあまあかな。由埜華のシュートも見たけど、すごくよかった」
その瞬間、後ろから声が聞こえた。
「あれ?由埜華って青郎のこと好きなんだ!」
振り向くと、三島あいなが目を輝かせて立っていた。
由埜華の顔は一気に赤くなり、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「ち、違うよ!」と言いかけたけれど、あいなの目はキラキラしていて、笑顔が止まらない。
青郎も少し照れくさそうに笑い、手を握ったままの由埜華を守るように小さくうなずいた。
「まあ…いいじゃん。秘密は秘密だし、俺たちだけのことだし」
由埜華は内心で小さくため息をつきながらも、青郎がそばにいてくれる安心感に胸が温かくなる。
「友達にバレるって怖い……けど、青郎がいれば大丈夫」
その日以降、二人は授業中にこっそりノートを覗いたり、休み時間に机の下で手を握ったりする習慣ができた。
バレないようにする緊張感が、逆に二人の距離を縮める。
小さな手の温もりに、由埜華は胸が熱くなるのを感じた。
春の光の中、秘密を守る喜びと緊張感、そして青郎との距離の近さ。
由埜華は静かに心の中で誓う。
「これからも、ずっと一緒に、この秘密を守ろう」
手を握るだけの小さな勇気。
それでも二人にとっては、確かな愛の証だった。