夏の陽射しが校舎をオレンジ色に染める午後、放課後の校庭にはまだ熱気が残っていた。
由埜華はバスケ部の練習を終え、汗で濡れた髪を肩にかけながら、静かに片付けをしていた。
誰とも話さず、黙々とボールを整理していると、どこからか明るい声が聞こえてきた。
「おい、由埜華!」
振り向くと、青郎が息を切らしながら走ってきて、にこっと笑った。
「今日も練習お疲れ!ちょっと話せる?」
由埜華は心の奥で少しだけ動揺した。
いつも明るく誰にでも話しかける青郎が、今日は少し真剣そうに見えたからだ。
二人は校庭の端、誰もいない日陰のベンチに腰を下ろした。
風がそよぎ、蝉の声が遠くで響く。
青郎は少し照れくさそうに、でも真剣な目で口を開いた。
「俺さ……由埜華のこと、好きかも」
その言葉に、由埜華の胸がドクン、と跳ねる。
頭では「まだ早い」「どう答えればいい」と混乱するのに、心は期待と不安で揺れていた。
「……暇だから、いいよ」
つい口から出たのは戸惑いと照れ隠しの言葉。
でも心の奥では、しっかり考えていた。
青郎が学年でどれだけモテるか、彼の笑顔は誰にでも向けられることを知っている。
だから、この関係は絶対に隠さなければならない――。
由埜華は深呼吸して、青郎の目をまっすぐ見た。
「ねえ……私、この関係、誰にも言わないでほしい。隠すためなら、私、なんでもする。だから、青郎もちゃんと隠してね」
青郎は少し驚いたように目を見開いた後、少し照れくさそうに笑った。
「そっか…わかった。俺も、由埜華だけを見てるから、誰にも言わない」
由埜華の胸の奥で、何かが静かに落ち着いた。
二人だけの秘密の世界が、しっかり形になった瞬間だった。
その後も、二人は学校の中で小さな交流を続けた。
廊下ですれ違うたびの軽い会話、放課後のベンチでの短いやり取り、
そして夜、LINEで交わすほんの少しのメッセージ。
「今日の練習、疲れた?」
「まあね、青郎は?」
「俺は、由埜華のシュート見てた」
たったこれだけのやり取りでも、由埜華の心は少しずつ温かくなる。
秘密を守る緊張と、彼とつながっている喜びが交錯する日々。
由埜華は、誰にも言えないけれど確かに存在する特別な世界を、胸の奥でじっと抱きしめた。
ある日の帰り道、友達の三島あいなが笑顔で声をかけてきた。
「ねえ、さっきの子、面白い人じゃない?話しかけてくれるしさ」
由埜華は小さく笑い、心の中でまた少し躍った。
「面倒な人って思ったのに…なんでかな」
理由の分からない気持ちに戸惑いながらも、確かに嬉しい自分を認めた。
藤原凛も隣でツッコミを入れる。
「由埜華、顔赤くなってるじゃん。バレバレだよ」
由埜華は肩をすくめて無言で歩く。
それでも胸の奥は、青郎の笑顔でじんわり温かくなっていた。
――こうして、静かで甘く、少し切ない秘密の関係が始まった。
まだ何も変わっていない日常の中に、二人だけの小さな世界が生まれたのだ。
由埜華は、胸の奥でそっとその世界を抱きしめ、明日もまたこの秘密を守ろうと決めた。