成人式から数ヶ月が過ぎた。
あの冬の日の雪が溶け、街はやがて春の光に包まれるようになった。
大学と仕事、それぞれの生活は忙しくて、会える日も多くはなかった。
それでも、もう不安はなかった。
「隠す恋」じゃない。
今度はちゃんとお互いの存在を支え合える関係になっていたから。
由埜華は大学の講義の合間、いつものようにノートを開く。
ページの隅には、小さく書かれた文字――
「青郎、今日もがんばれ。」
誰にも見せないその一行は、昔の自分からの癖のようなものだった。
恋をしていたあの頃、隠しながらもそっと応援していた気持ちは、
今も変わらず心の奥にある。
一方、青郎はサッカーの練習場で汗を流していた。
大学でもレギュラーとして活躍し、周囲からの期待も大きかった。
けれど、練習後に携帯を手にして「おつかれ」の文字を見るたび、
あの頃のような穏やかな笑顔を取り戻せる自分がいた。
恋愛というより、人生の一部になった存在。
それが今の二人の関係だった。
――春。
桜が満開の頃、二人は久しぶりに地元へ帰った。
中学の校門の前、桜の花びらが舞う中で、懐かしい景色が広がる。
「懐かしいね」
「うん。ここから全部始まったんだよね」
由埜華が笑うと、青郎も少し照れたように笑い返す。
「覚えてる? 1年の夏、青郎がいきなり告白してきたとき」
「『暇だからいいよ』って言われたときは、正直びっくりしたよ」
「ふふ、だよね」
笑いながら、由埜華は桜の花びらを手のひらで受け取る。
「でもね、今ならちゃんと言える」
その声は、風に乗って柔らかく響いた。
「暇だから、じゃなくて――青郎だったから。
あのとき返事をしたのは、最初から……きっと、好きだったからだと思う」
青郎は一瞬驚いたように目を見開き、それから静かに微笑んだ。
「俺も、あのときからずっと由埜華が好きだった。
離れても、何年経っても、結局戻ってくるのは由埜華なんだよな」
言葉のあいだに、優しい沈黙が流れる。
桜の花びらが二人の肩に落ち、風が頬を撫でていく。
由埜華は小さく息を吸い込み、青郎を見上げた。
「ねえ、覚えてる? あの日の約束」
「成人式での?」
「うん。『お互いがまだ好きだったら、結婚前提で付き合おう』って」
「……もちろん、覚えてる」
青郎はポケットから小さな封筒を取り出した。
少し折れたその封筒には、手書きでこう書かれていた。
「未来の由埜華へ」
中には、小さな紙切れ。
そこには中学三年の冬、青郎が面接練習をしていたとき、
こっそり由埜華が書いて渡したメモが入っていた。
「大丈夫。青郎なら絶対できる。信じてる。」
それをずっと財布に入れていたという。
由埜華は言葉を失ったまま、そっと唇を噛む。
目の奥が熱くなって、視界が滲む。
「……そんなの、まだ持ってたの?」
「うん。捨てられるわけないよ」
青郎は由埜華の手を取る。
あの頃よりも少し大きくて、でも優しさは変わらない手。
「今度は、ちゃんとこの手を離さない」
「……うん」
二人の指が絡まり、桜の花びらがその上に落ちる。
風が吹き抜け、春の光が二人を包む。
「七月七日に終わった恋が、春にまた始まるなんてね」
「うん。でも、これがきっと本当の“はじまり”なんだと思う」
空には淡い雲が流れ、遠くで子どもたちの笑い声が響いていた。
時間は過ぎていくけれど、変わらない想いも確かに存在する。
あの日の約束のつづきは、
今、ここから始まっていく。
あの冬の日の雪が溶け、街はやがて春の光に包まれるようになった。
大学と仕事、それぞれの生活は忙しくて、会える日も多くはなかった。
それでも、もう不安はなかった。
「隠す恋」じゃない。
今度はちゃんとお互いの存在を支え合える関係になっていたから。
由埜華は大学の講義の合間、いつものようにノートを開く。
ページの隅には、小さく書かれた文字――
「青郎、今日もがんばれ。」
誰にも見せないその一行は、昔の自分からの癖のようなものだった。
恋をしていたあの頃、隠しながらもそっと応援していた気持ちは、
今も変わらず心の奥にある。
一方、青郎はサッカーの練習場で汗を流していた。
大学でもレギュラーとして活躍し、周囲からの期待も大きかった。
けれど、練習後に携帯を手にして「おつかれ」の文字を見るたび、
あの頃のような穏やかな笑顔を取り戻せる自分がいた。
恋愛というより、人生の一部になった存在。
それが今の二人の関係だった。
――春。
桜が満開の頃、二人は久しぶりに地元へ帰った。
中学の校門の前、桜の花びらが舞う中で、懐かしい景色が広がる。
「懐かしいね」
「うん。ここから全部始まったんだよね」
由埜華が笑うと、青郎も少し照れたように笑い返す。
「覚えてる? 1年の夏、青郎がいきなり告白してきたとき」
「『暇だからいいよ』って言われたときは、正直びっくりしたよ」
「ふふ、だよね」
笑いながら、由埜華は桜の花びらを手のひらで受け取る。
「でもね、今ならちゃんと言える」
その声は、風に乗って柔らかく響いた。
「暇だから、じゃなくて――青郎だったから。
あのとき返事をしたのは、最初から……きっと、好きだったからだと思う」
青郎は一瞬驚いたように目を見開き、それから静かに微笑んだ。
「俺も、あのときからずっと由埜華が好きだった。
離れても、何年経っても、結局戻ってくるのは由埜華なんだよな」
言葉のあいだに、優しい沈黙が流れる。
桜の花びらが二人の肩に落ち、風が頬を撫でていく。
由埜華は小さく息を吸い込み、青郎を見上げた。
「ねえ、覚えてる? あの日の約束」
「成人式での?」
「うん。『お互いがまだ好きだったら、結婚前提で付き合おう』って」
「……もちろん、覚えてる」
青郎はポケットから小さな封筒を取り出した。
少し折れたその封筒には、手書きでこう書かれていた。
「未来の由埜華へ」
中には、小さな紙切れ。
そこには中学三年の冬、青郎が面接練習をしていたとき、
こっそり由埜華が書いて渡したメモが入っていた。
「大丈夫。青郎なら絶対できる。信じてる。」
それをずっと財布に入れていたという。
由埜華は言葉を失ったまま、そっと唇を噛む。
目の奥が熱くなって、視界が滲む。
「……そんなの、まだ持ってたの?」
「うん。捨てられるわけないよ」
青郎は由埜華の手を取る。
あの頃よりも少し大きくて、でも優しさは変わらない手。
「今度は、ちゃんとこの手を離さない」
「……うん」
二人の指が絡まり、桜の花びらがその上に落ちる。
風が吹き抜け、春の光が二人を包む。
「七月七日に終わった恋が、春にまた始まるなんてね」
「うん。でも、これがきっと本当の“はじまり”なんだと思う」
空には淡い雲が流れ、遠くで子どもたちの笑い声が響いていた。
時間は過ぎていくけれど、変わらない想いも確かに存在する。
あの日の約束のつづきは、
今、ここから始まっていく。



