春の陽射しが教室の窓から差し込み、校舎の廊下には新しい学期の匂いが漂っていた。
制服の襟をぎゅっと整えながら、由埜華は教室の隅に座っている。
クラスメイトたちは楽しそうに話して笑い声を響かせているけれど、由埜華はまだ誰とも打ち解けられずにいた。
小さく息をつき、「今日も一日、無事に終わるかな」と心の中でつぶやく。
内心、少しだけ緊張している自分に気づきながらも、顔には出さない。
新しい中学校。新しい環境。
中学生活のスタートは、思ったよりも静かで、少し心細かった。
クラスメイトの笑い声や、先生の声、廊下を歩く足音。
すべてが、まだ遠い世界のように感じられた。
でも、放課後に待っているバスケ部の練習だけは、心を少し解放させてくれる時間だった。
ボールを手に取ると、自然と気持ちが落ち着く。
体育館に入ると、あの独特の匂いと床の軋む音が、どこか安心させてくれる。
その日も、練習が始まる前に廊下を歩いていると、どこからか明るい声が聞こえた。
「おい!そっち、ボール!」
声の方を見ると、サッカー部の青郎が転がったボールを追いかけている。
彼は笑顔が絶えない人気者で、誰にでもフレンドリーに話しかけるタイプ。
教室でも放課後でも、自然と人が集まる存在だ。
由埜華はその明るさに少し圧倒され、戸惑いながらもボールを拾い、差し出した。
「ありがとう!助かったよ、由埜華ちゃん!」
一瞬、彼の笑顔に目が釘付けになる。
笑顔は単純だけど、どこか温かく、心を柔らかくする力があった。
由埜華は無表情を保とうとしたけれど、胸の奥で小さなざわめきが起きた。
「……こんな人、初めてかも」
その瞬間、何かが静かに動き始めた気がした。
その後も、廊下ですれ違うたびに彼は軽く手を振り、「またな」と声をかけてくれた。
由埜華は無言でうなずき、心の中で密かに笑った。
少し面倒な人だと思いつつも、なぜか心が少しだけ落ち着く。
「この人と、もう少し関わってもいいのかも」と、そんな気持ちが芽生え始める。
体育館での練習中、青郎は偶然隣のコートに立ち、軽く話しかけてくる。
「バスケって、思ったより面白そうだな」
その一言に、由埜華の胸が小さく跳ねた。
無表情を貫こうとする自分と、心が揺れる自分。
どちらも否定できず、ただボールを蹴る音に耳を澄ませた。
帰り道、由埜華の友達である三島あいなが笑顔で声をかけてきた。
「ねえ、さっきの子、面白い人じゃない?なんか話しかけてくれるしさ」
由埜華は無言でうなずく。
口には出さなかったけれど、内心で少しだけ心が躍っている。
「面倒な人って思ったのに…なんでかな」
自分でも理由が分からない不思議な気持ちに、少しだけ戸惑った。
藤原凛も、隣でツッコミを入れた。
「由埜華、顔赤くなってるじゃん。バレバレだよ」
由埜華は小さく肩をすくめ、無言で歩く。
けれど、胸の奥で何かが温かくなるのを感じていた。
――こうして、まだ何も起こっていない日常の中に、
二人だけの物語の第一歩が静かに刻まれた。
少しずつ近づいていく気配に、由埜華の心は気づかぬうちに揺れ動き始めていた。
廊下の端で青郎がまた笑顔を向ける。
由埜華は思わず目を逸らす。
でも、胸の奥では、確かにその笑顔を覚えていた。
制服の襟をぎゅっと整えながら、由埜華は教室の隅に座っている。
クラスメイトたちは楽しそうに話して笑い声を響かせているけれど、由埜華はまだ誰とも打ち解けられずにいた。
小さく息をつき、「今日も一日、無事に終わるかな」と心の中でつぶやく。
内心、少しだけ緊張している自分に気づきながらも、顔には出さない。
新しい中学校。新しい環境。
中学生活のスタートは、思ったよりも静かで、少し心細かった。
クラスメイトの笑い声や、先生の声、廊下を歩く足音。
すべてが、まだ遠い世界のように感じられた。
でも、放課後に待っているバスケ部の練習だけは、心を少し解放させてくれる時間だった。
ボールを手に取ると、自然と気持ちが落ち着く。
体育館に入ると、あの独特の匂いと床の軋む音が、どこか安心させてくれる。
その日も、練習が始まる前に廊下を歩いていると、どこからか明るい声が聞こえた。
「おい!そっち、ボール!」
声の方を見ると、サッカー部の青郎が転がったボールを追いかけている。
彼は笑顔が絶えない人気者で、誰にでもフレンドリーに話しかけるタイプ。
教室でも放課後でも、自然と人が集まる存在だ。
由埜華はその明るさに少し圧倒され、戸惑いながらもボールを拾い、差し出した。
「ありがとう!助かったよ、由埜華ちゃん!」
一瞬、彼の笑顔に目が釘付けになる。
笑顔は単純だけど、どこか温かく、心を柔らかくする力があった。
由埜華は無表情を保とうとしたけれど、胸の奥で小さなざわめきが起きた。
「……こんな人、初めてかも」
その瞬間、何かが静かに動き始めた気がした。
その後も、廊下ですれ違うたびに彼は軽く手を振り、「またな」と声をかけてくれた。
由埜華は無言でうなずき、心の中で密かに笑った。
少し面倒な人だと思いつつも、なぜか心が少しだけ落ち着く。
「この人と、もう少し関わってもいいのかも」と、そんな気持ちが芽生え始める。
体育館での練習中、青郎は偶然隣のコートに立ち、軽く話しかけてくる。
「バスケって、思ったより面白そうだな」
その一言に、由埜華の胸が小さく跳ねた。
無表情を貫こうとする自分と、心が揺れる自分。
どちらも否定できず、ただボールを蹴る音に耳を澄ませた。
帰り道、由埜華の友達である三島あいなが笑顔で声をかけてきた。
「ねえ、さっきの子、面白い人じゃない?なんか話しかけてくれるしさ」
由埜華は無言でうなずく。
口には出さなかったけれど、内心で少しだけ心が躍っている。
「面倒な人って思ったのに…なんでかな」
自分でも理由が分からない不思議な気持ちに、少しだけ戸惑った。
藤原凛も、隣でツッコミを入れた。
「由埜華、顔赤くなってるじゃん。バレバレだよ」
由埜華は小さく肩をすくめ、無言で歩く。
けれど、胸の奥で何かが温かくなるのを感じていた。
――こうして、まだ何も起こっていない日常の中に、
二人だけの物語の第一歩が静かに刻まれた。
少しずつ近づいていく気配に、由埜華の心は気づかぬうちに揺れ動き始めていた。
廊下の端で青郎がまた笑顔を向ける。
由埜華は思わず目を逸らす。
でも、胸の奥では、確かにその笑顔を覚えていた。



