2月の風は冷たくて、
それでもどこか春の匂いが混ざっていた。
グラウンドの端を通り抜けながら、羽春は息を白く吐いた。
もうすぐ、孝太さんたち3年生は卒業する。
その言葉を誰かが何気なく口にするたびに、
胸の奥に、きゅっとした痛みが広がった。
委員会も、あと数回。
最近は孝太と話すこともほとんどない。
彼は卒業準備や、顧問の手伝いで忙しそうで、
いつも部屋を出るときには、美咲がその隣にいた。
「……あの二人、すごく似合うよね」
誰かのそんな声が、廊下の奥から聞こえた。
羽春は立ち止まる。
聞こえないふりをしても、耳は勝手に拾ってしまう。
“似合う”
たった二文字が、どうしてこんなに重たいんだろう。
プリントを抱えたまま、
羽春は静かに委員会室のドアを開けた。
中では孝太が、資料を整理していた。
その隣に、美咲。
二人の距離は、やっぱり近く見えた。
「羽春、これお願いしてもいい?」
顔を上げた孝太が、いつものように微笑む。
その笑顔に、どうしてか胸が熱くなる。
“羽春”って呼ばれるたび、心が追いつかなくなる。
「はい、わかりました」
短く返して、プリントを受け取る。
でも、目を合わせることができなかった。
***
その日の放課後、体育館の隅。
羽春はバスケットボールを手の中で回しながら、
遠くに見えるバレーコートの方をちらりと見た。
孝太の姿があった。
引退してもなお、練習を見に来ている。
ネット越しに選手たちに声をかけるその姿は、
現役の頃と何も変わらない。
そしてその隣には、美咲がいた。
笑いながら孝太の方を見上げていた。
まるで、昔からその場所が決まっていたみたいに。
——ずるいな。
羽春は心の中でそう呟いた。
泣きたいほど、言葉にできない気持ちがあふれていく。
バスケットボールが指から落ち、
床を転がって、遠くで静かに止まった。
「……集中しなきゃ」
自分に言い聞かせて、深呼吸する。
けれど、何度繰り返しても、
あの人の笑顔が頭から離れなかった。
***
数日後の委員会。
会議が終わって、みんなが帰る準備をしているとき、
孝太が羽春に声をかけた。
「羽春、ちょっとだけいい?」
心臓が跳ねた。
「はい」って返す声が、少し震えた。
二人きりになった教室。
窓の外はもう暗くて、
蛍光灯の白い光が、孝太の横顔を淡く照らしていた。
「最近、元気ないよな」
その言葉に、胸の奥がじんと痛む。
「そんなことないです」
「……ほんとに?」
「はい。ちゃんとやってます」
強がるように笑ってみせたけれど、
孝太の視線はまっすぐで、嘘なんてすぐ見透かされる気がした。
「羽春って、いつも無理するよな」
優しい声。
でも、その優しさが今はつらかった。
——どうしてそんなふうに言うの。
——どうして、好きにならせるような顔で見つめるの。
「大丈夫です。……本当に」
言い切った瞬間、
孝太が少しだけ悲しそうに目を細めた。
「そっか。
……でも、何かあったら、ちゃんと頼れよ」
“頼れよ”って言葉が、喉の奥で引っかかった。
頼りたいのに、もう頼れない。
今ここで何を言っても、届かない気がした。
羽春は、かすかに笑ってうなずいた。
「はい、孝太さん」
名前を呼んだ声は、震えていた。
そして、そのまま言葉を飲み込んだ。
“好きです”って言葉が、唇の裏で溶けていった。
***
帰り道。
校門を出た瞬間、冷たい風が頬をかすめた。
空は群青で、街灯がにじんで見えた。
鞄をぎゅっと握りしめながら、
羽春は自分の胸の中でひとつの言葉を繰り返した。
——もうすぐ、終わっちゃうんだ。
その事実だけが、静かに心を締めつけていった。
それでもどこか春の匂いが混ざっていた。
グラウンドの端を通り抜けながら、羽春は息を白く吐いた。
もうすぐ、孝太さんたち3年生は卒業する。
その言葉を誰かが何気なく口にするたびに、
胸の奥に、きゅっとした痛みが広がった。
委員会も、あと数回。
最近は孝太と話すこともほとんどない。
彼は卒業準備や、顧問の手伝いで忙しそうで、
いつも部屋を出るときには、美咲がその隣にいた。
「……あの二人、すごく似合うよね」
誰かのそんな声が、廊下の奥から聞こえた。
羽春は立ち止まる。
聞こえないふりをしても、耳は勝手に拾ってしまう。
“似合う”
たった二文字が、どうしてこんなに重たいんだろう。
プリントを抱えたまま、
羽春は静かに委員会室のドアを開けた。
中では孝太が、資料を整理していた。
その隣に、美咲。
二人の距離は、やっぱり近く見えた。
「羽春、これお願いしてもいい?」
顔を上げた孝太が、いつものように微笑む。
その笑顔に、どうしてか胸が熱くなる。
“羽春”って呼ばれるたび、心が追いつかなくなる。
「はい、わかりました」
短く返して、プリントを受け取る。
でも、目を合わせることができなかった。
***
その日の放課後、体育館の隅。
羽春はバスケットボールを手の中で回しながら、
遠くに見えるバレーコートの方をちらりと見た。
孝太の姿があった。
引退してもなお、練習を見に来ている。
ネット越しに選手たちに声をかけるその姿は、
現役の頃と何も変わらない。
そしてその隣には、美咲がいた。
笑いながら孝太の方を見上げていた。
まるで、昔からその場所が決まっていたみたいに。
——ずるいな。
羽春は心の中でそう呟いた。
泣きたいほど、言葉にできない気持ちがあふれていく。
バスケットボールが指から落ち、
床を転がって、遠くで静かに止まった。
「……集中しなきゃ」
自分に言い聞かせて、深呼吸する。
けれど、何度繰り返しても、
あの人の笑顔が頭から離れなかった。
***
数日後の委員会。
会議が終わって、みんなが帰る準備をしているとき、
孝太が羽春に声をかけた。
「羽春、ちょっとだけいい?」
心臓が跳ねた。
「はい」って返す声が、少し震えた。
二人きりになった教室。
窓の外はもう暗くて、
蛍光灯の白い光が、孝太の横顔を淡く照らしていた。
「最近、元気ないよな」
その言葉に、胸の奥がじんと痛む。
「そんなことないです」
「……ほんとに?」
「はい。ちゃんとやってます」
強がるように笑ってみせたけれど、
孝太の視線はまっすぐで、嘘なんてすぐ見透かされる気がした。
「羽春って、いつも無理するよな」
優しい声。
でも、その優しさが今はつらかった。
——どうしてそんなふうに言うの。
——どうして、好きにならせるような顔で見つめるの。
「大丈夫です。……本当に」
言い切った瞬間、
孝太が少しだけ悲しそうに目を細めた。
「そっか。
……でも、何かあったら、ちゃんと頼れよ」
“頼れよ”って言葉が、喉の奥で引っかかった。
頼りたいのに、もう頼れない。
今ここで何を言っても、届かない気がした。
羽春は、かすかに笑ってうなずいた。
「はい、孝太さん」
名前を呼んだ声は、震えていた。
そして、そのまま言葉を飲み込んだ。
“好きです”って言葉が、唇の裏で溶けていった。
***
帰り道。
校門を出た瞬間、冷たい風が頬をかすめた。
空は群青で、街灯がにじんで見えた。
鞄をぎゅっと握りしめながら、
羽春は自分の胸の中でひとつの言葉を繰り返した。
——もうすぐ、終わっちゃうんだ。
その事実だけが、静かに心を締めつけていった。


