朝。
布団から出たくない。
正確には、学校に行きたくない。
「天音、起きろ」
障子の向こうから聞こえる、紗霧様の落ち着いた声。
(ああ、これは逃げられないパターン……)
「……今日だけ具合悪いって言って休むことって……?」
「駄目だ」
「だよねぇぇぇ……」
渋々布団から這い出て、制服に袖を通す。
台所の方からは、出汁の香りと焼き魚のじゅうじゅういう音が漂ってくる。
居間に行くと、翡翠様と康親様がもう座っていた。
康親様は焼き魚を食べている手を止めて、私を見た。
「おはよ〜天音たん。顔、死んでるよ?」
「おはよ……」
その様子を見て翡翠様が小さくため息をつく。
「そんな顔で行けば、余計に噂になるぞ」
「分かってるけどぉぉ……!」
「気にするな」
紗霧様が静かに言うが、その声の落ち着き方が逆にプレッシャーで、私は箸を止めた。
食べ終わると、紗霧様が立ち上がって私を通学鞄と一緒に玄関から押し出す。
「行け。逃げ癖をつけると厄介だ」
「うぅ……分かってるけど……」
「大丈夫だよ、天音たん!僕、夜中まで色々言い訳考えてきたから!!」
何故かドヤ顔の康親様。
「えー…何か信用できない」
「ちゃんと考えたってば〜!例えば、天音たんは演劇の練習中だった説とか」
「私、部活入ってないけど」
「じゃ、じゃあ……実は前世は君主と従者の関係とか?」
「何言ってんの!?」
「えー、それなら―――」
「もう良いから!行くよ!!」
靴を履き、勢い良く飛び出す。康親様はまだ慣れない靴で歩きにくそうだったけど、私は構わず放って行った。
学校の門が見えてくる。
通学路ですれ違った何人かは私を見てヒソヒソと話していた。
空気が、重い!!!
重い足取りを必死に動かしながら、教室に入ると、後ろから肩をポンっと叩かれた。
「どーしたの?そんなゾンビみたいな顔して」
心配そうに私を見ていたのは、真央だった。
「うぅ…何でもない…」
質問攻めされるだろうと思って身構えていたが、質問攻めされたのは遅刻ギリギリで教室に入ってきた康親様だった。
ちなみに、言い訳はというと―――
『時代劇が好きな康親様に合わせてくれている私』という言い訳になった。
かなり有り難い。
「中々渋い趣味だね…」
真央が半笑いで私を見る。
(いや、私も初耳だよ!!)
しかし、ここで否定したらせっかく言い訳で上手く丸めてくれたのに、台無しにしてしまう。
私は曖昧に笑って誤魔化した。