キーンコーンカーンコーン。
チャイムの音に私はハッと(まばた)いた。
周りのみんながお弁当を出している。私だけ一限目の教科書を開いたままだ。
「も、もう昼休み!?」
「天音たん。ずーっと固まったままだったね!」
康親様がニヨニヨしながら言う。
ほとんど康親様が原因なんだけど…。
バンッ。
教室のドアが大きな音を立てて開いた。
次の瞬間、他クラスの女子達が雪崩(なだれ)のように教室の中に押し寄せてくる。
「お昼一緒に食べよ〜」
「ねぇねぇ、彼女募集してますか!?」
殺到する生徒達に、康親様はあっという間に包囲された。
私はその光景をぽかんと見つめるしかなかった。
(うわぁ……人の波……)
机がずずっと押されて、私のお弁当がギリギリで落下を免れる。
「きゃー!笑った!今笑った!!」
「こっち向いてー!」
女子達のテンションは最高潮。まるで芸能人の囲み取材。それかファン。
「やれやれ、人気者はつらいなぁ〜」
康親様は頭をかきながらも、どこか嬉しそうに笑っていた。
その口元に“いたずら”の気配。嫌な予感しかしない。
「じゃあ、みんなで一緒に食べよ〜か。僕、人数多い方が楽しいし!」
「「「きゃーーっ!!」」」
(やめてぇぇぇっっ!!!)
内心で叫ぶ。これ以上目立ったら絶対に怪しまれる!
「ちょっと来て!」
私は慌てて立ち上がり、人垣を掻き分ける。
「天音たん?」
「……ちょっと、こっち来て」
腕をぐいっと掴んで廊下の隅まで引っ張った。
「なに〜、デートのお誘い?」
「違う!!バカ!!」
「バカとは酷いな〜。少なくとも紗霧ちゃんよりは頭良いよ」
「お願いだから黙って!私の学校生活が終わっちゃう!!」
私が半泣きで訴えると、康親様はしばし考え込み―――
「……じゃあ天音たんが焼きそばパン買ってきてくれたら、静かにしてあげる」
「え」
地獄のような提案をしてきた。
購買はお昼休みになると長蛇の列が作られる。
「ほらほら〜、時間ないよ?購買行列すごいよ〜?」
完全に楽しんでる顔だ。
(もうっ……本当に自由なんだから!)
―――結局、焼きそばパンを買いに行く羽目(はめ)になった。
私が購買から戻ると、康親様は女子達と机を囲み、ちゃっかり笑顔でお弁当をつついている。
「天音たん、これ貰った〜。はい、たまご焼き」
「……何個目?」
「七個目」
「絶対お腹壊すよ」
なんて話しているが、女子達の視線が痛い。めっちゃ怖い。
(……うわぁ、完全に敵認定されてるやつだこれ)
肌に突き刺さるような女子達の視線。
笑顔で康親様に話しかける子たちの奥で、ちらちらとこちらを睨む影。
―――教室の温度、多分五度は下がってる。
「天音たんも食べる?ほら、みんな優しいから分けてくれたよ〜」
「い、いや……私は自分のお弁当あるから……!」
必死に笑って取り繕いながら、そっと自分の席に戻る。
(これ以上関わったら、明日には机に画鋲(がびょう)が入ってるかもしれない……)
「ねぇ康親くん、その“天音たん”って……?」
「え〜?内緒☆」
無邪気に笑う康親様に、女子達の歓声と嫉妬が入り混じっている。
「康親様、さっき静かにするって言ったよね!!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。
(あっ…様って言っちゃったぁぁ!!)
今度は教室が静まり返る。
さっきまでの黄色い声が嘘みたいに止まり、みんなの目がこっちを向いた。
笑顔で談笑していた女子達が、ピタリと動きを止める。
お箸を持つ手も、目線も、全部私の方に―――集中している。
(やばい。完全に終わった)
“転校初日でイケメン男子を名前+様付けで呼ぶ女”。
地獄の構図が完成した。