「ただいま〜……」
玄関をそっと開けた瞬間、ピシッと空気が張り詰めた。
やばい。いる。
案の定、廊下の奥に腕を組んで立っていたのは――紗霧様だった。
その後ろに、康親様と翡翠様。
三人そろっての“お出迎え”。
……いや、これは間違いなく『お説教フラグ』だ。
「天音」
「……は、はい」
声が思ったより裏返った。
「どこへ行っていたのか、説明してもらおうか」
「えっと……放課後に、友達と遊びに……」
「遊び?」
「えっと、その……はい」
紗霧様の目が、スッと細くなる。静かな怒り。
窓の外にチラッと目線を向けると、雲行きが怪しくなってきている。
「まさか人の目が多い場所へ行ったのではないだろうな。お前が神力を抑えきれずに、また面倒事になったらどうする」
「ちょ、ちょっとだけ!駅前のカフェに寄っただけ!」
「“ちょっとだけ”が危ないと言っている!」
ぴしゃり。言葉が飛ぶ。
私は思わず肩をすくめた。
(ひぇぇ……昔から怒り方変わってない……)
すると横から、ひょいっと康親様が口を挟んだ。
「まぁまぁ、紗霧ちゃんも落ち着いて〜。天音たんだって下界で頑張ってるんだし、たまには人間の友達と気晴らしも必要だよ?ねー、天音たん」
「康親、黙れ」
「ひどっ!?」
紗霧様の冷たい一喝(いっかつ)に、康親様が情けなく肩をすくめる。
その様子を見て、翡翠様がぼそりと呟いた。
「……今度は何をやらかした」
「やらかしてないってば!」
私が慌てて両手を振ると、康親様が後ろで声を抑えて爆笑してる。
「あと、私は縁結びの神だよ?神力が暴走しても何も問題はない…はず」
「数百年前、そう言って暴走して人間達を無理やりくっつかせる珍事件を起こしただろう」
「はい、すみませんでした」
「昔から何も変わらないな…」
紗霧様はため息をつき、翡翠様は静かに湯呑(ゆの)みを手に取った。

「僕達、今日からここに住むから。よろしくね〜!」
晩ご飯の最中、ちょっとそこの醤油取ってと言わんばかりの軽さで康親様は言った。
もちろん驚かなかった訳ではない。
手に持っていたお椀が腕からひっくり返ったことにも、お椀から零れた味噌汁が、盛大に着物を濡らしていることにも気付かないほど動揺した。
冷めていて良かったと安堵(あんど)したのは後ほど。
「……は?」
紗霧様は慌てて濡れた服を拭いてくれ、翡翠様は黙々とご飯を食べている。
「……ごめん。もう一回言って」
「僕達ここに住むよ〜」
「何で!?とうとう高天原(たかまがはら)を追放されたの!?」
「違うよ?」
康親様が突っ込む。
「ただ単に天音たんのことが心配になって、なら一緒に住めば良いんじゃない?ってことでー」
「心配って…私そんな危なっかしくないよ」
最近は天ぷらとかも作れるようになったんだから!
高天原にいた頃は油に水を入れちゃって家が全焼して…まだこの家は燃えてないから大丈夫!!
「寝言は寝て言え」
紗霧様に睨まれた。何故か翡翠様も半目になっている。
「目を離すとすぐに厄介事に巻き込まれるからな」
「そ、そういうものかな……」
翡翠様は淡々と湯呑を置き、静かな声で付け加えた。
「包丁や火を扱うときも、我らが隣で見ている。安全第一だ」
「え、そこまで?」
私の心の中でちょっとした衝撃が走る。台所に立つたびに、三人が常に隣にいるのかと思うと、想像しただけで胃もたれしてしまう。何なら紗霧様から『台所立ち入り禁止令』を出されそう。
いや、元を辿れば油に水を入れて家を黒焦げにした私のせいなのでは…?
あー、常識人の翡翠様まで向こう側だ…。こうなればテコを使っても動かないんだよね。
三対一とか卑怯だよ!せめて翡翠様がいれば、私に勝ち目は多少あった。
「さて天音」
紗霧様がすっと箸を置く。
「決まりだ。今日からはこの家に、私達も住む」
「……え、マジで決定なの!?ドッキリとかじゃなく??」
康親様がにやりと笑い、「当たり前でしょ〜☆」と軽いノリで答えた。
(私の平穏な下界ライフが…あぁ)