カフェの扉のベルが鳴った瞬間、胸の奥で何かが跳ねた。
振り向いた先に立っていたのは、四年前と何一つ変わらぬ鋭い眼差しを持つ男——西園寺翔。
黒のスーツに身を包み、背筋を伸ばしたその姿は、相変わらず周囲を圧倒する存在感を放っていた。
低く落ちる声に、空気が一瞬で張り詰める。
私は息を呑み、背筋が硬直した。
「……どうして」
声はかすれていた。
翔はゆっくりと歩み寄り、カウンターの前に立つ。
悠真が驚いたようにこちらを見たが、状況を察して気まずそうに奥へ下がった。
残されたのは、私と翔。
四年ぶりに向かい合う、決して交わらないはずだったふたり。
短い言葉に、心臓が大きく脈打った。
けれど、私は顔を逸らす。
強がるように返す声が震えているのを、自分でも感じた。
翔は眉ひとつ動かさず、じっと私を見据える。
「お前は俺の妻だ」
「……もう、違うわ」
胸が痛い。
何度も自分に言い聞かせてきた言葉なのに、彼の前で口にすると涙が込み上げそうになる。
「契約は終わった。私たちは赤の他人よ」
「赤の他人……?」
翔の瞳が鋭く光る。
その奥に、冷たさだけでなく、何か抑え込んだ激情が揺らめいているように見えた。
カウンター越しに並ぶ二人。
私は必死に平静を装おうとした。
「ここでの生活は、私の選んだ道よ。翔さんには関係ない」
「関係は、ある。」
即座に返された言葉に、胸がざわつく。
「四年も……お前を追いかけた」
その言葉に、呼吸が止まりそうになった。
私がいなくなってからの時間。
彼は、私を探していた——?
「嘘よ。そんなこと……」
「嘘じゃない」
翔の声が強く響く。
静まり返ったカフェに、ふたりの声だけが残る。
「お前がいなくなってから、家は静まり返った。……あの冷たい屋敷が、さらに空虚になった。俺は毎日、自分が何を失ったのか思い知らされた」
胸が苦しい。
信じたい気持ちと、信じてはいけないという理性がぶつかり合う。
「……やめて。そんなこと言われても困るの。私はもう——」
「杏里」
低く名を呼ばれ、心臓が跳ねる。
彼の視線に射抜かれて、逃げ出したいのに足が動かない。
沈黙ののち、私は小さく呟いた。
「翔さん……あの時、どうして私を見てくれなかったの?」
堰を切ったように、胸の奥の痛みが溢れる。
「私、あなたの隣にいるだけでよかった。でも……一度も、私を妻だと抱きしめてくれなかった」
涙が頬を伝う。
翔は何も言わず、ただその姿を見つめていた。
やがてゆっくりと口を開く。
「……怖かった」
「え……?」
「俺はお前を愛していた。だからこそ、巻き込みたくなかった。感情を抑えれば守れると思った。……だが、それが間違いだった」
胸が大きく波打つ。
翔の声に、あの冷たい男がこんな言葉を吐くなんて、と信じられなかった。
「ならどうして……今さら——」
「今さらじゃない。……これからだ」
翔がカウンター越しに伸ばした手が、私の指先を捕らえる。
驚きで動けない。
熱が伝わってきて、心が乱れる。
「もう二度と、お前を離さない」
低く囁かれた言葉に、胸が強く震えた。
その瞬間、カフェの扉が開き、客が入ってきた。
私と翔の手が触れ合っているのを見て、悠真が慌てて声をかける。
「杏里さん……注文、お願いできますか?」
現実に引き戻され、私は慌てて手を引いた。
翔の瞳が一瞬だけ悲しげに揺れた。
私は深く息を吐き、声を震わせながら言った。
「……もう帰って。ここは、あなたの世界じゃない」
翔は何も言わず、しばし私を見つめた。
その瞳の奥に、諦めきれない光が宿っている。
「……また来る」
短くそう言い残し、彼は背を向けて店を出て行った。
扉のベルが鳴り、静寂が残る。
私は震える両手を胸に当て、呟いた。
「どうして……今さら……」
涙が零れ落ちた。
四年前に置き去りにした心が、再び強引に引き寄せられていく。
振り向いた先に立っていたのは、四年前と何一つ変わらぬ鋭い眼差しを持つ男——西園寺翔。
黒のスーツに身を包み、背筋を伸ばしたその姿は、相変わらず周囲を圧倒する存在感を放っていた。
低く落ちる声に、空気が一瞬で張り詰める。
私は息を呑み、背筋が硬直した。
「……どうして」
声はかすれていた。
翔はゆっくりと歩み寄り、カウンターの前に立つ。
悠真が驚いたようにこちらを見たが、状況を察して気まずそうに奥へ下がった。
残されたのは、私と翔。
四年ぶりに向かい合う、決して交わらないはずだったふたり。
短い言葉に、心臓が大きく脈打った。
けれど、私は顔を逸らす。
強がるように返す声が震えているのを、自分でも感じた。
翔は眉ひとつ動かさず、じっと私を見据える。
「お前は俺の妻だ」
「……もう、違うわ」
胸が痛い。
何度も自分に言い聞かせてきた言葉なのに、彼の前で口にすると涙が込み上げそうになる。
「契約は終わった。私たちは赤の他人よ」
「赤の他人……?」
翔の瞳が鋭く光る。
その奥に、冷たさだけでなく、何か抑え込んだ激情が揺らめいているように見えた。
カウンター越しに並ぶ二人。
私は必死に平静を装おうとした。
「ここでの生活は、私の選んだ道よ。翔さんには関係ない」
「関係は、ある。」
即座に返された言葉に、胸がざわつく。
「四年も……お前を追いかけた」
その言葉に、呼吸が止まりそうになった。
私がいなくなってからの時間。
彼は、私を探していた——?
「嘘よ。そんなこと……」
「嘘じゃない」
翔の声が強く響く。
静まり返ったカフェに、ふたりの声だけが残る。
「お前がいなくなってから、家は静まり返った。……あの冷たい屋敷が、さらに空虚になった。俺は毎日、自分が何を失ったのか思い知らされた」
胸が苦しい。
信じたい気持ちと、信じてはいけないという理性がぶつかり合う。
「……やめて。そんなこと言われても困るの。私はもう——」
「杏里」
低く名を呼ばれ、心臓が跳ねる。
彼の視線に射抜かれて、逃げ出したいのに足が動かない。
沈黙ののち、私は小さく呟いた。
「翔さん……あの時、どうして私を見てくれなかったの?」
堰を切ったように、胸の奥の痛みが溢れる。
「私、あなたの隣にいるだけでよかった。でも……一度も、私を妻だと抱きしめてくれなかった」
涙が頬を伝う。
翔は何も言わず、ただその姿を見つめていた。
やがてゆっくりと口を開く。
「……怖かった」
「え……?」
「俺はお前を愛していた。だからこそ、巻き込みたくなかった。感情を抑えれば守れると思った。……だが、それが間違いだった」
胸が大きく波打つ。
翔の声に、あの冷たい男がこんな言葉を吐くなんて、と信じられなかった。
「ならどうして……今さら——」
「今さらじゃない。……これからだ」
翔がカウンター越しに伸ばした手が、私の指先を捕らえる。
驚きで動けない。
熱が伝わってきて、心が乱れる。
「もう二度と、お前を離さない」
低く囁かれた言葉に、胸が強く震えた。
その瞬間、カフェの扉が開き、客が入ってきた。
私と翔の手が触れ合っているのを見て、悠真が慌てて声をかける。
「杏里さん……注文、お願いできますか?」
現実に引き戻され、私は慌てて手を引いた。
翔の瞳が一瞬だけ悲しげに揺れた。
私は深く息を吐き、声を震わせながら言った。
「……もう帰って。ここは、あなたの世界じゃない」
翔は何も言わず、しばし私を見つめた。
その瞳の奥に、諦めきれない光が宿っている。
「……また来る」
短くそう言い残し、彼は背を向けて店を出て行った。
扉のベルが鳴り、静寂が残る。
私は震える両手を胸に当て、呟いた。
「どうして……今さら……」
涙が零れ落ちた。
四年前に置き去りにした心が、再び強引に引き寄せられていく。

