昼休みの社員食堂は、ざわめきと笑い声に満ちていた。
 テーブルを並べた広い空間に、次々と社員が集まってくる。
 トレーを手に列に並んでいると、背後から聞こえてきた声に、思わず耳を傾けた。

「やっぱり、西園寺さんと片岡さんって付き合ってるんでしょ?」
「うん、だっていつも一緒にいるじゃない。営業部のエースコンビだし、見た目もお似合いだよね」

 ――また、その噂。
 胸の奥に小さな棘が刺さるように痛む。

 大学時代もそうだった。
 「二人はカップルだ」って誰もが口にしていた。
 だから私は、言葉を飲み込むしかなかった。
 今も、その頃と何も変わらない。

 席に座り、スープを口に運ぶ。
 けれど味がまったく分からない。

「片山さん」

 突然名前を呼ばれて顔を上げると、にこやかな笑顔を浮かべた同期の朝倉颯真が立っていた。
 トレーを手に、軽やかに私の向かいに腰を下ろす。

「一人? 一緒に食べてもいい?」
「あ……うん」

 颯真は同じ新入社員研修を受けた同期で、開発部に配属されている。
 人懐っこい性格で、誰とでもすぐに打ち解ける。
 その笑顔を見ると、少しだけ張りつめていた心が和らいだ。

「最近忙しそうだよね。残業、多くない?」
「え、うん……まあ、総務部っていろいろあるから」
「無理しちゃだめだよ。君はすぐ顔に出るタイプなんだから」

 からかうように笑いながらも、心配してくれているのが分かる。
 私は曖昧に笑って、トレーの上のサラダに視線を落とした。

 その時。
 ふと視線を感じて顔を上げると、食堂の入口に拓也の姿があった。
 隣には、もちろん由梨。
 颯真と向かい合っている私を一瞥し、拓也の表情が一瞬だけ曇った気がした。

「……どうかした?」
「え?」
「今、西園寺さんと目が合ってたよな」

 颯真の声に、慌てて首を横に振る。
「ち、違う。ただ……偶然、ね」

 偶然――そう自分に言い聞かせる。
 けれど心臓は早鐘のように打ち続けていた。