週末の夕方、残業を終えて帰ろうとしたときだった。
社屋を出ると、雨上がりのアスファルトが街灯に濡れて輝いている。
ふと耳に届いた笑い声に、思わず足を止めた。
視線を向けた先にいたのは――由梨。
その隣には、営業部でも評判のある別の男性社員がいた。
彼女は艶やかな笑みを浮かべ、その腕に自分の手を絡めている。
「ほんと、拓也くんには黙っててね。あなたと過ごす時間の方が、よっぽど楽しいんだから」
囁く声がはっきりと聞こえ、息が詰まる。
私の知っている由梨の姿と、あまりに違っていた。
いつも拓也の隣で誇らしげに笑っていた彼女が、別の男性に甘えるなんて――。
「……」
頭が真っ白になる。
信じていた噂が、一瞬で崩れ落ちていく。
由梨と拓也が恋人同士だという言葉。
その根拠が、いま目の前で否定されたのだ。
けれど同時に、胸の奥がざわめいた。
もし由梨が拓也の恋人ではないのなら――私は、いったい何を信じてきたのだろう。
動揺で足がすくむ中、背後から声がした。
「……片山?」
振り返ると、そこには拓也が立っていた。
視線の先には、まだこちらに気づいていない由梨と男性社員の姿。
拓也の瞳が険しく細まり、冷たい光を宿す。
「今の……見たか」
「……はい」
小さく頷くと、拓也は拳を固く握りしめた。
その横顔は怒りに揺れていたが、どこか安堵の色も混じっているように見えた。
「やっと……分かったな」
低く呟いた彼の声に、胸が強く波打つ。
何が真実で、何が嘘なのか。
揺らぎ始めた仮面の下にあるものを、私は確かめずにはいられなかった。

