次の日から、私はできるだけ拓也と顔を合わせないようにした。
廊下ですれ違いそうになれば、あえて別の通路を選ぶ。
資料を渡すときも、他の社員に頼んで間に入ってもらう。
自分でも不自然だと思うほどに、彼を避け続けた。
――あの夜、由梨さんが彼に告げた言葉が、耳から離れない。
「私じゃダメなの?」
そして、彼の沈黙。
きっと答えは、そういうことなのだ。
心に言い聞かせても、胸は痛むばかりだった。
「片山」
低い声に名を呼ばれて、足が止まった。
コピー室で書類を抱えていたとき、拓也が入口に立っていた。
鋭い瞳がまっすぐこちらを射抜いている。
「最近、俺を避けてるだろ」
「……そんなこと、ありません」
「なら、どうして目を合わせない?」
問い詰める声。
視線を合わせられなくて、私は書類に目を落とした。
「ただ……忙しいだけです」
「嘘だな」
短く断言され、心臓が跳ねる。
彼は一歩近づき、私との距離を縮めた。
近すぎる距離に、呼吸が乱れる。
「……俺に何か言いたいことがあるんじゃないのか」
「ありません」
言葉は震えていた。
本当は「あなたの隣には由梨さんがいるでしょう」と叫びたかった。
けれどそれを口にすれば、ますます惨めになる気がして。
沈黙のあと、拓也は深く息を吐いた。
「……そうか」
その声には、微かに寂しさが滲んでいた。
彼が背を向け、コピー室を出て行く。
残された私は、その背中を見送ることしかできなかった。
――本当に、避けたいのは私の方じゃない。
でも近づけば、もっと傷つくだけだから。
握りしめた書類の端が、涙で滲んでいた。

