忘れられない瞳の先で


 窓の外はすでに闇に包まれ、オフィスフロアには残業する社員の声だけが響いていた。
 私は資料を抱えてエレベーターホールへ向かう途中、廊下の先に二人の姿を見つけた。

 ――拓也と由梨。

 由梨が笑いながら拓也の腕に軽く触れ、彼は困ったように眉を寄せながらも立ち止まっている。
 まるで、親しい恋人同士のように見えた。

「……」

 胸がぎゅっと締め付けられる。
 目を逸らしたくても、視線が離れなかった。

 由梨の声が静かな廊下に響く。
「やっぱり、拓也くんと一緒だと安心するの。ねえ、このあと少しだけ寄り道しない?」

 ――その瞬間、呼吸が止まった。
 彼が何と答えるのか、怖くて聞けなかった。

 私は気づかれないように踵を返し、足早にその場を離れる。
 エレベーターには乗らず、非常階段へ駆け込んだ。



 夜風が吹き込む屋上。
 街の灯りが遠くにきらめく中、私はひとりベンチに腰を下ろした。
 頬を伝うものを、もう誤魔化すことはできない。

「……何やってるんだろ、私」

 声に出した途端、胸の奥から嗚咽が漏れた。
 大学の頃からずっと同じ。
 私は彼の隣に立てない。
 近づけば近づくほど、由梨という壁が現れる。

 ポケットの中でスマホが震えた。
 画面には「朝倉颯真」の名前。
 震える指で通話ボタンに触れそうになり、私はすぐにやめた。

 ――違う。彼に甘えちゃいけない。
 泣いている自分を見せるのは、もっといけない。

 冷たい風に身を縮め、私はひとり涙を流し続けた。
 孤独な夜の闇は、いつまでも優しくも冷たく、私を包み込んでいた。