元婚約者との再会は、思っていた以上に心を抉った。
 「彼に相応しいのは私だけ」――その言葉が頭から離れない。

 十年前と同じ。
 私はまた、影に押し潰されようとしていた。



 翌日。
 出社すると、オフィスの空気が一段と冷ややかになっているのを感じた。
 「やっぱり……彼女は戻ってきたのよ」
 「西園寺さん、もうおしまいじゃない?」
 囁き声が背中を突き刺す。

 足がすくみそうになるのを必死で堪え、デスクに向かう。
 資料をまとめる手が震えて止まらない。



 そのとき。
 「西園寺」
 低い声に呼ばれ、振り返ると藤堂部長――蓮が立っていた。

 「今日の午後、先方との打ち合わせに同席しろ」
 淡々と告げられる。
 業務命令。なのに、胸が痛む。

 「……わかりました」
 小さく答えた声は、かすれていた。



 午後の打ち合わせ。
 重役たちが並ぶ席の奥に、彼女――元婚約者の姿があった。
 洗練されたドレスに、余裕を漂わせた笑み。
 「お久しぶりです、蓮さん」

 彼の表情が、一瞬だけ揺れる。
 そのわずかな変化が、私の胸を鋭く刺した。

 ――やっぱり。
 彼女はいまだに彼の心を揺さぶる存在なのだろうか。



 打ち合わせが終わり、私は誰よりも早く会議室を出た。
 胸の奥に押し寄せる痛みに耐えきれなかった。

 廊下の片隅で深呼吸を繰り返す。
 「……もう、無理かもしれない」
 小さな声が漏れる。



 「西園寺さん」
 優しい声が背後から響いた。
 振り返ると、佐伯が立っていた。

 「辛そうだ……」
 そう言って差し出されたハンカチに、思わず涙が滲んだ。

 「俺は、ずっと君の味方だから」
 真剣な眼差し。
 その温かさに救われながらも、同時に苦しくなる。

 ――私は、誰を求めているのだろう。



 夜、自室でひとり。
 蓮の揺れた表情と、佐伯のまっすぐな瞳が交互に浮かんだ。

 「……どうして」
 どうして心は、こんなにも揺れてしまうの。

 答えを見つけられないまま、枕を濡らして眠りについた。