〇椿の部屋、夜

月明かりが差し込む部屋で、椿がベッドに座りながらスマホを見つめている。
画面には蒼太からのメッセージ。

『おやすみなさい。今日も一日、お疲れさまでした』

椿「最近、先輩のことばかり考えてる……」

可愛いネコのスタンプを添えて、『おやすみなさい』と返信する椿。

椿(先輩から毎晩届くメッセージが、楽しみになってる。これって……恋なのかな?)

スマホを胸に抱きしめる椿。しかし、ふと昼間のことが頭をよぎる。


【回想:中庭での蒼太(第2話ラスト)】

椿が学校の廊下から窓越しに見た、涼真と話す蒼太の姿。
あの時、一瞬だけ見せた――今まで見たことのない、深い色の目。

【回想終了】


椿「……あれは、何だったんだろう」

頭を振る椿。

椿(考えすぎだよね。きっと、光の加減で……)

しかし、胸の奥に小さな引っかかりが残る椿。


〇翌日の昼休み、図書室

椿が高い棚から本を取ろうと、つま先立ちで背伸びしている。

椿「んん……あと少し……」

分厚い『日本の伝統芸能』という本に手を伸ばすが、あと数センチ足りない。

そこに蒼太が現れ、椿の後ろからそっと手を伸ばして本を取る。その瞬間、椿の背中に蒼太の胸が軽く触れた。

椿「あ……」

振り返ると、蒼太の顔がすぐ近くに。心臓が大きく跳ねる。

蒼太「危ないですよ、椿さん。もし転んで怪我をされたら……」

心配そうに眉を寄せる蒼太の表情に、椿の胸がきゅんと締め付けられる。

椿「先輩……」

蒼太の深い視線に見つめられ、椿は言葉を失ってしまう。

蒼太「椿さんが無事で、良かったです」

優しく本を差し出す蒼太。椿が受け取るとき、互いの指先が触れ合う。

椿(先輩の手……温かい)

蒼太「図書館に本を返しに来て、たまたま椿さんの姿を見かけたので」

椿(また偶然……でも、助けてもらえて嬉しい)

蒼太「あなたに会えたので、午後からの授業も頑張れそうです」

爽やかに微笑む蒼太に、椿は胸の高鳴りが止まらない。


〇放課後、生徒会室

夕日が差し込む窓際の席で、椿が机に突っ伏して疲れきっている。散らばった書類が、彼女の忙しさを物語っていた。

椿「文化祭の準備、思ったより大変……」

深いため息をつく椿。そこに蒼太がそっとノックして現れる。

蒼太「椿さん、いつもお疲れさまです」

手には、温かい紅茶の缶を持っている。

椿「先輩……」
顔を上げると、夕日に照らされた蒼太の穏やかな笑顔が目に入る。

蒼太「大丈夫ですか? 椿さんが疲れているのを見ると、僕も心配で……」
椿「お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
蒼太「本当に? 椿さんが笑顔でいてくれることが、僕にとっては何よりも大切なので」

真剣な眼差しで見つめる蒼太に、椿の心が揺れる。

蒼太「だから……もしよろしければ、明日の土曜日に気分転換にどこか出かけませんか?」
椿「え?」※目を見開く
蒼太「突然で、申し訳ないのですが。僕、椿さんに喜んでもらえそうな場所を見つけたんです」

椿の鼓動が速くなる。

蒼太「まあ……一番の理由は、僕が休日にも椿さんにお会いしたいからなんですが」

照れくさそうに上目遣いで言う蒼太に、椿の胸がキュンと締め付けられる。

椿「先輩がそう言ってくださるなら……お願いします」

椿(私のことを、そんなに想ってくれるなんて……)


〇蒼太の部屋、深夜

デスクに向かう蒼太。
ノートに丁寧な文字で、明日のデートプランが書かれている。

『椿さんを笑顔にする一日プラン』
- 待ち合わせ:10時(椿さんの好きな時間)
- 場所:猫カフェ(癒される場所)
- お昼:椿さんの好きな和食

スマホで、椿の過去のSNS投稿を見る蒼太。
そこには、三毛猫のミルクとの思い出の写真。

『ミルクが虹の橋を渡りました。ありがとう、大好きだったよ』

その投稿を見つめる蒼太の目に、優しさと痛みが宿る。

蒼太「椿さん……辛かったんだな」
蒼太(三毛猫のミルク……椿さんが愛したペット。きっと、今でも猫が好きなはず。椿さんの笑顔のために、僕ができることを見つけたい)

スマホで、近隣の猫カフェを検索する蒼太。
「にゃんにゃん亭」のサイトで、『ミルキー(三毛猫・メス・2歳)性格:甘えん坊』という紹介を発見する。

蒼太「この子……椿さんのミルクに似てる」

窓の外を見やる蒼太。

蒼太「明日は、椿さんに素敵な一日をプレゼントしたい。彼女が笑ってくれるなら……僕はどんなことでもする」


〇翌日。デート当日の朝、椿の部屋

クローゼットの前で悩む椿。鏡の前で何着もの服を合わせている。

椿「先輩との、初めてのお出かけ……何を着ていけばいいかな」

最終的に、淡いピンクのワンピースに、白いカーディガンを選ぶ。髪も丁寧に巻いて、軽くメイクも施した。

椿(影山先輩に、可愛いって思ってもらえるといいな)

鏡に映る自分を見つめながら、椿の頬がほんのりと赤らむ。


〇駅前の広場

椿が約束の時間の5分前に到着すると、すでに蒼太が淡いピンクのコスモスの花束を持って待っていた。
普段の制服とは違う、シンプルだが上品なジャケット姿の蒼太を見て、椿の息が止まる。

蒼太「椿さん!」

椿を見つけた蒼太の表情が、パッと明るくなる。その視線が、椿の全身を優しく見つめた。

蒼太「そのワンピース、とてもお似合いです」
椿「ありがとうございます」

照れながらも、蒼太の格好良さに見とれる椿。

椿(先輩、制服のときよりずっと大人っぽい……素敵)

蒼太「これ、椿さんに」
花束を差し出す蒼太の手が、喜びと緊張で微かに震えている。

椿「わあ、コスモス……可愛い」
蒼太「コスモスの花言葉は『調和』です。椿さんと一緒にいると、僕の心が調和するから」
椿「素敵……花束なんて、初めてもらいました」

花の香りを嗅ぎながら、椿の心が温かくなる。
椿(先輩、ロマンチック……)


〇猫カフェ「にゃんにゃん亭」

駅から歩いて数分、「にゃんにゃん亭」の前に到着。可愛らしい猫の看板が出迎える。

椿「うわあ、猫カフェ! 実は私、猫ちゃん大好きなんです」

目を輝かせる椿に、蒼太の表情が柔らかくなる。

蒼太「そうだったんですね。椿さんの喜ぶ顔が見られて、嬉しいです」

店内に入ると、他の猫たちは他のお客に群がっているが、三毛猫のミルキーだけが椿の足元にそっと近づいてくる。

椿「あ! この子……」
しゃがみ込んで、ミルキーを見つめる椿。ミルキーが、椿の手をそっと舐める。

椿「この子、昔飼ってた猫のミルクにそっくり! 毛色も、この甘えん坊な性格も」

感動で目を潤ませる椿。
ハッとして蒼太を見上げる。

椿「もしかして……先輩、知ってたんですか?」
蒼太「え?」
椿「私が昔、猫を飼ってたこと」

一瞬、蒼太の表情が固まる。しかしすぐに、穏やかな笑みに戻る。

蒼太「いえ……僕はただ、なんとなく椿さんが猫好きだと思って。だから、こんな素敵な出会いがあって……僕も嬉しいです」

その笑顔に、椿の疑問は少しずつ溶けていく。

椿(そうだよね……偶然、だよね)

ミルキー「にゃ〜」
ミルキーが、二人の間を行き来するように駆け回る。

椿「ふふ、可愛い……もしかして、ミルクが天国から会わせてくれたのかな」
涙をこらえながらつぶやく椿。
椿「ミルクも、こうやって私の膝に飛び乗って甘えてくれた……懐かしい」

ミルキーが椿の膝に飛び乗り、喉を鳴らしながら甘える。

椿(もしかしたら、先輩と一緒だから……こんな素敵な出会いがあったのかも)

しかし、椿の胸の奥に小さな引っかかりが、わずかに残る。


〇数十分後、猫カフェ

窓際の席で、椿がミルキーを抱きながら蒼太と並んで座っている。温かい午後の陽光が二人を包む。

蒼太「椿さんの笑顔を見てると……僕まで幸せになります」
椿「先輩は猫、お好きですか?」
蒼太「正直、今まで動物は得意じゃなかったんです。でも、椿さんが好きなものは……僕も好きになりたい」
椿(先輩……そんなふうに思ってくれるなんて)

猫と遊ぶ椿を見つめながら、蒼太がぽつりとつぶやく。

蒼太「僕も、大切なものを失いたくない気持ちでいっぱいだから」

その言葉は、椿には聞こえないほど小さかったが、蒼太の目に深い感情が宿っていた。

しばらく猫と戯れているうちに、最近の忙しさで疲れがたまっていた椿の瞼が重くなってくる。

椿「すみません……最近忙しくて、ちょっと寝不足で……」
蒼太「大丈夫ですよ。少し休んでください」

優しく微笑む蒼太に安心して、椿は自然と彼の肩に頭を預ける。

椿(先輩の肩、温かい……こんなふうに甘えさせてもらえるなんて、幸せ)

椿の寝顔を見つめる蒼太の視線に、深い愛情が宿る。

蒼太「椿さん……」(小さくつぶやく)
蒼太はそっと椿の髪に手を伸ばしかけるが、寸前で止める。

その時、椿のスマホが振動する。画面を見ると、涼真からの着信。

椿「あれ? 涼真から……」
ぼんやりとした意識のまま、椿は電話に出ようとするが、なぜか繋がらない。

椿「電波が悪いみたい」
蒼太「このあたりは、時々そういうことがあるみたいですね」
ズボンのポケットに手を突っ込みながら、自然な表情で答える蒼太。

椿(さっきまで普通に使えてたのに……おかしいな)

かすかな違和感を覚える椿だが、蒼太の穏やかな笑顔を見て、その疑問は薄れていく。


〇帰り道

夕焼けに染まった道を、並んで歩く二人。

椿「今日は、本当にありがとうございました。ミルキーに会えて……心が軽くなりました」
蒼太「椿さんに喜んでもらえて、僕にとっても最高の一日でした」

蒼太がそっと、椿の頬に手を伸ばす。驚く椿に、蒼太は柔らかい声でささやく。

蒼太「頬に、猫の毛がついていました」
椿「……っ!」
至近距離で触れられた頬に、椿の心臓が激しく跳ね上がる。

触れた蒼太の指先が、そのまま椿の頬をそっと優しく撫でる。
その感触に、椿の息が止まりそうになる。

椿「あ……」
蒼太「可愛いですね」

その言葉に、椿の顔が真っ赤に染まる。
しばらく並んで歩く二人。

蒼太「椿さん……」
椿「はい?」
蒼太「今日、一日中あなたと一緒にいて……もっと一緒にいたくなりました」

立ち止まる蒼太。椿も足を止める。

蒼太「まだ、帰りたくない……そう思ってしまうのは、わがままでしょうか」

切なげな表情の蒼太に、椿の胸が締め付けられる。

椿「私も……です」
小さく答える椿。
蒼太の表情が、パッと明るくなる。

蒼太「椿さん……また、お時間があるときに、一緒に出かけませんか?」
椿「はい! ぜひお願いします」

別れ際、椿が振り返ると蒼太がまだその場に立って椿を見つめている。

椿(先輩の眼差し……とても深くて温かい)

蒼太に向かって、軽く手を振る椿。蒼太も笑顔で手を振り返す。

椿(こんなに、大切にしてもらえるなんて幸せ……)

角を曲がる直前、もう一度振り返る椿。
蒼太はまだ、そこに立っていた。

椿(でも時々、不思議に感じることがある。先輩は、まるで……私の全部を知っているみたい)


〇椿の部屋、夜

ベッドに座る椿。スマホに、蒼太からのメッセージが届く。

『今日は素敵な時間でした。また会えるのを楽しみにしています』

椿(先輩、本当に優しい……)

スマホを胸に抱きしめる椿。
しかし、ふと胸の奥に小さな違和感が芽生える。

椿(どうして先輩は、私の好きなものを全部知ってるんだろう)

猫が好きなこと。
三毛猫を飼っていたこと。
ガーベラが好きなこと。

椿(もしかして、SNSを見たのかな……でも、ミルクのことは投稿を遡らないと分からないはず)

スマホを見つめる椿の表情に、かすかな戸惑いが浮かぶ。

その時、涼真から着信が。椿は慌てて電話に出る。

涼真『椿、昼間電話したんだけど繋がらなくて』
椿「ごめん、電波が悪くて……猫カフェにいたの」
涼真『猫カフェ? ……影山先輩と?』
椿「うん。すごく楽しかったよ。昔、家で飼っていた、ミルクにそっくりな子がいて……」

しばらく沈黙が続く。

涼真『……椿、影山先輩って、椿のこと詳しすぎない?』
椿「え?」
涼真『だって、椿が猫好きなのも、昔ミルクを飼ってたことも……俺でさえ知らないことも、先輩は知ってるみたいだし』
椿の心臓が、ドクンと跳ねる。
椿「それは……先輩が、私のことをよく見てくれてるからじゃ」
涼真『よく見てる……のかもしれないけど』

言葉を濁す涼真。

涼真『でも、なんか……ちょっと気になって。ただの杞憂ならいいんだけど』
椿「涼真……」
涼真『何かあったら、すぐ連絡してな』
椿「うん……」

電話を切った後、椿は複雑な表情を浮かべる。

椿(涼真が言いたいこと……なんとなく分かる)

ベッドに横になり、天井を眺める椿。

椿(影山先輩は優しくて、完璧で。でも……)

今日一日のことが、頭の中を巡る。

猫カフェでの「偶然」の出会い。
涼真と、電話が繋がらなかったこと。
先輩が自分のことを「よく知っている」こと。

椿(考えすぎだよね。先輩がそんな……)

頭を振る椿。しかし、胸の奥の小さな違和感は消えない。

ベッドから起き上がり、窓の外に視線をやる椿。月明かりの中、向かいの建物の陰に人影が見えたような気がした。

椿「……え?」

目を凝らすが、もう何も見えない。

椿「気のせい……だよね?」

慌ててカーテンを閉める椿。その手は微かに震えていた。

椿(影山先輩のこと、好きになりかけている。だけど……)

ベッドに潜り込む椿。

椿(この気持ちは……信じていいのかな)

椿は、スマホの画面を見つめる。
蒼太からのメッセージと、涼真からの『気をつけて』という言葉。

椿の心は、揺れ動いていた。