〇校門前、朝(10月)

秋の爽やかな朝。生徒会副会長の藤堂(とうどう)椿(つばき)(高校2年生)が、校門前で生徒への挨拶運動をしている。

長く艶やかな黒髪をハーフアップにまとめ、制服をきちんと着こなす姿は凛としている。

椿「おはようございます! 今日も一日頑張りましょう」

登校してくる生徒一人ひとりに、心を込めて挨拶を送る椿。

実咲「椿ちゃん!」

同級生で親友の若林(わかばやし)実咲(みさき)が、明るい茶髪のショートヘアをなびかせながら駆け寄ってくる。

実咲「おはよう。今日も完璧ね。椿ちゃん可愛いのに、恋愛の『れ』の字もないのがもったいない!」
椿「副会長の仕事だもの。それに、みんなが気持ちよく過ごせる学校にしたいから」

椿の表情に、ふと遠くを見つめるような影が差す。

椿(亡くなったお父さんが、いつも言ってくれた。『正しいことは、堂々と言える人になりなさい』って)

そんな椿を、校舎の陰から静かに見つめる人影があった。

高校3年生の、影山(かげやま)蒼太(そうた)。少し癖のある銀髪は整えられ、端正な顔立ちに透き通った目が印象的な男子生徒。

ミステリアスな雰囲気に包まれた彼の周りでは、女子生徒たちがひそひそと囁き合っている。

女子生徒A「影山くん、今日もかっこいい……」
女子生徒B「でも、なんだか近寄りがたいよね」

蒼太はそんな声には一切反応せず、ただ椿だけを見つめ続けている。その視線には、静かに燃える炎のような光が宿っている。

蒼太「今度こそ……」(小さくつぶやく)
蒼太「この一年、全ては今日のために……!」

爪を食い込ませるほど、拳を強く握りしめる蒼太。


【1年前の回想・秋】

〇校舎裏、放課後

激しい雨が校舎を叩きつけている。高校1年生の椿が生徒会の巡回で校舎裏を通ると、2年生の蒼太が数人に囲まれていた。

長い前髪で目元を隠し、肩を縮こませてうつむく蒼太。制服は泥で汚れ、参考書が地面に散らばっている。

いじめっ子A 「お前さ、いつも隅っこでスマホいじって、何コソコソやってんだよ」
いじめっ子B「また変なプログラムでも作ってんのか? そんなことより友達作れよ、気持ち悪い」

椿は迷わず間に入った。

椿(1年生)「やめてください! 一人を大勢で囲むなんて、卑怯です!」

雨に濡れながらも、毅然とした態度を崩さない椿。小柄な1年生だが、その声には確固たる意志が込められている。

いじめっ子A「あ? 1年のくせに、生意気だな」
椿(1年生)「こんなことは間違っています。これ以上続けるなら、先生に報告します」

いじめっ子たちは、舌打ちしながら立ち去っていく。

椿は泥だらけの参考書を一冊ずつ拾い上げ、蒼太にそっと差し出した。

椿(1年生)「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」

蒼太がゆっくりと顔を上げる。椿は初めて、彼の素顔を見た。

整った顔立ちに、澄んだ目。しかし、そこには諦めにも似た悲しみが宿っている。

椿(1年生)(きれいな目……でも、とても寂しそう)
蒼太(2年生)「あ……ありがとうございました」

か細い声だが、蒼太の声には深い感謝が込められていた。

椿(1年生)「いえ。困ったときは、お互いさまです」

温かな笑顔で言う椿に、蒼太の目が大きく見開かれる。

椿(1年生)「生徒会室にいることが多いので、また何かあったら、遠慮なく声をかけてくださいね」

蒼太(2年生)(この人は……本物だ。僕みたいな人間にも、こんなに優しく……)

椿「それでは、失礼します」

立ち去っていく椿の後ろ姿を、蒼太は濡れた参考書を震える手で握りしめながら見つめ続ける。

蒼太(2年生)(今まで、誰も僕を見てくれなかったのに……彼女だけは、僕の目をちゃんと見てくれた)

雨に濡れた椿の姿が、蒼太の心に鮮烈に刻み込まれる。


〇数日後の放課後、体育館裏

手紙『藤堂椿さんへ。大切なお話があります。今日の放課後、体育館裏で待っています。S』

下駄箱に入っていた手紙に呼び出された椿。夕日が校舎を染める中、約束の場所へ向かうと、そこには蒼太が立っていた。

椿(1年生)(あの人……)
蒼太(2年生)「椿さん! 来てくださって、ありがとうございます」

蒼太は長い間うつむいていたが、やがて意を決したように顔を上げる。

蒼太(2年生)「椿さん……僕、あなたのことが……好きなんです」

声は震えていたが、確かな想いが込められていた。

椿(1年生)「えっ!?」

椿の心臓が大きく跳ねる。胸の奥で何かが温かくなるのを感じながらも、戸惑いを隠せない。

椿(1年生)(嬉しい。でも、この人のことはまだよく知らないし……)
椿(1年生)「お気持ちは……とても嬉しいです。だけど、今は生徒会の仕事や勉強に集中したくて……ごめんなさい」

深々と頭を下げる椿に、蒼太の肩がわずかに震える。

蒼太(2年生)「そうですよね……すみませんでした」

椿が歩いていく後ろ姿を、蒼太は切ない眼差しで見つめる。

蒼太(2年生)(やっぱり……ありのままの僕じゃダメなんだ)

蒼太の脳裏に、母親の言葉がよみがえる。

『蒼太、あなたには技術があるじゃない。それで何でも解決できるでしょ?』

蒼太(2年生)(母さんが言ったとおり……僕は、技術でしか認めてもらえない)

拳を握りしめる蒼太。

蒼太(2年生)(でも……そう簡単には、諦められない) (完璧な自分になって、絶対に彼女を振り向かせてみせる)


【回想終了・現在に戻る】


〇放課後、生徒会室

窓を激しく叩く雨音が、部屋に響いている。文化祭の準備資料に囲まれた椿が、困った表情で窓の外を見つめていた。

椿「傘……持ってくるのを完全に忘れてた」

その時、生徒会室のドアがノックされる。

蒼太「椿さん、お疲れさまです」

振り返った椿の息が、一瞬止まる。

そこに立っていたのは、1年前の面影を残しながらも、まるで別人のように洗練された男子生徒だった。

癖のある銀髪は美しく整えられ、以前の伏し目がちな目には、今や静かな自信が宿っている。

椿「影山……先輩?」
蒼太「はい。覚えていてくださったんですね」

自然で柔らかな笑顔。その変化に、椿は心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

椿(先輩、すごく変わった。前よりずっと……素敵になってる)

蒼太「外、すごい雨ですね。椿さん、もしかして今日……傘をお忘れでは?」
椿「え……どうして分かるんですか?」

椿の驚いた表情に、蒼太は優しく微笑む。

蒼太「今日は朝から、たくさん資料を抱えていらしたでしょう? きっと、傘のことまで気が回らなかったのでは?」
椿(そう……確かに、今朝は書類のことで手がいっぱいだった。先輩、よく見てくれてるんだな)

にこやかに、黒い折り畳み傘をスマートに差し出す蒼太。

蒼太「これ。よろしければ、使ってください」
椿「ありがとうございます。先輩はどうするんですか?」
蒼太「僕は、大丈夫です。椿さんが困っているのを見ているほうが、辛いので」

その言葉と、間近で見る思いやりのある表情に、椿の頬が急に熱くなる。

椿(な、なんて優しい……。しかも先輩、こんなに整った顔立ちで……)

椿が傘を受け取ろうと手を伸ばしたとき、蒼太のスマホ画面がふと目に入る。

一瞬だけ見えた画面には、何かのグラフのようなものと、細かい数字がびっしりと並んでいた。

椿(……?)

すぐに画面を消す蒼太。

蒼太「実は僕、システム開発をしているんです。人の役に立つプログラムが作りたくて」
椿「わあ、素敵ですね!」

椿の瞳が輝く。

椿(人のために技術を使うなんて……お父さんも、いつも誰かのために働いていたな)

蒼太「椿さんも、いつも皆さんのために頑張っていらっしゃいますよね」
椿「いえ……私なんて、まだまだです」
蒼太「そんなことありません。困っている人を見過ごせない椿さんを、みんな知っています」

温かな言葉に、椿は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


〇昇降口

雨脚は更に強くなり、椿と蒼太は並んで校舎を出る。

蒼太「送らせてください。この雨では危険です」
椿「でも、先輩の傘が……」

蒼太はカバンから、もう一本の折り畳み傘を取り出す。

蒼太「実は……予備を持参していました」
椿「え? それなら、最初から……」
蒼太「すみません。椿さんの前で、格好つけたかったんです」

少し恥ずかしそうに笑う蒼太に、椿の心臓が激しく跳ねる。

椿(そうだったんだ……)

校門を出て、雨の中を傘をさして歩く二人。

椿「先輩は、どうしてプログラミングを?」
蒼太「昔、助けてくれた人がいて。その人のように、誰かの役に立ちたいと思ったんです」

蒼太の横顔が、夕闇の中で穏やかに笑っている。

椿(助けてくれた人……素敵な出会いがあったんだな)

横断歩道で信号待ちをしている時、大型トラックが水しぶきを上げて通り過ぎる。

蒼太「危ない!」

とっさに、椿を車道と反対側に引き寄せる蒼太。その腕に包まれた椿は、心臓が飛び跳ねそうになる。

椿「あ……」

蒼太の胸板の厚みと、確かな腕の力。そして間近で感じる、品の良い香り。

蒼太「大丈夫ですか? 服、濡れませんでしたか?」
低く響く声が、雨音に混じって椿の耳に届く。

椿「だ、大丈夫です……ありがとうございます」
椿(頬が熱い。こんなふうに誰かに守られたの、いつぶりだろう……)


〇椿の家の前

蒼太「ここまで送らせていただいて、ありがとうございました」
椿「いえ、こちらこそ。本当にありがとうございました」

椿が家に入ろうとしたとき、ふと振り返る。

椿「あの、先輩。どうして私が、傘を忘れるって分かったんですか?」

一瞬、蒼太の表情が固まる。しかしすぐに、穏やかな笑みに戻る。

蒼太「……椿さんのこと、よく見ていますから」

その言葉に、椿の鼓動が速くなる。

椿「そう……なんですか」
蒼太「それでは、また明日」

蒼太が雨の中を歩き去っていく。
椿は玄関で、胸に手を当てて深呼吸をする。

椿(ドキドキが止まらない……先輩のこと、もっと知りたいな)


〇翌朝、3年生教室前

借りた傘を返すため、椿が3年生の教室へ向かう。廊下を歩きながら、昨夜から続く高鳴りが止まらない。

椿(昨日の夜は、先輩のことばかり考えちゃった。緊張する……)

教室の入り口で、椿は思わず足を止めた。

窓際の席で、蒼太が他の生徒たちと和やかに談笑している。以前の内向的な印象など微塵もない、自然で魅力的な笑顔だった。

男子生徒A「影山、昨日のプログラミング大会の結果、すごかったな」
蒼太「いえ、まだまだです。もっと人の役に立つシステムを作りたくて」
椿「影山先輩」

椿の声に、蒼太は振り返る。その瞬間、まるで光が差し込んだような明るい表情になった。

蒼太「椿さん!」

周りの生徒たちがざわめく。

椿「昨日は、本当にありがとうございました。おかげで、濡れずに帰れました」
蒼太「それは良かった。また困ったことがあったら、いつでも声をかけてください」
椿「はい……ありがとうございます」

蒼太の柔らかな笑みに、見とれそうになる椿。
椿(1年前は気づかなかったけど……先輩って、こんなに素敵だったんだ)


〇廊下

教室を出た椿が、胸に手を当てて立ち止まる。

椿(さっきから、心臓の音が止まらない。先輩が私を見つめる時の表情……なんだか特別な感じがした)

ふと振り返ると、3年生の教室のほうから、じっとこちらを見つめるような視線を感じる椿。

椿(……気のせい?)
首を振り、椿は生徒会室へ向かって歩いていく。


〇3年生教室(椿が去った後)

窓際の席で、蒼太はスマホを操作している。

周りの生徒たちは気づいていないが、その画面には──

『椿さん観察日記 365日目』というタイトルの下に、細かなメモが並んでいる。

【10月15日(木)
- 7:44 登校(いつもより2分遅い。昨夜遅くまで資料作成?)
- 好きな飲み物:温かい紅茶(ストレート)、抹茶ラテ
- 午後から雨予報。傘携帯率23%
→ 傘を2本用意。送迎のチャンス】

【10月16日(金)
- 傘返却に来てくれた
- 笑顔:前回より3秒長く見られた
- 次の接触ポイント:昼休み(生徒会室への差し入れ)】

蒼太(椿さん、今日も可愛かったな……)

さりげなく、スマホをポケットにしまう蒼太。

机の引き出しには、小さなノートが入っている。開かれたページには、椿の写真が丁寧に貼られ、几帳面な文字でメモが書き込まれていた。

【椿さんの好きなもの :
- 正義感を貫くこと
- 困っている人を助けること
- 雨音(亡くなった父親と聴いた思い出)
- 抹茶ラテ
- 誠実な人

椿さんの嫌いなもの :
- 嘘をつくこと
- 弱い者いじめ
- 約束を破ること】

蒼太はそっとノートを閉じる。

蒼太(僕は、君のすべてを理解している。君が何を求めているのか、何に傷つくのか……僕だけが知っている)

窓の外を見つめる蒼太の目に、静かに燃える炎のような光が宿っている。

蒼太(椿さん……もうすぐ、君は僕だけを見るようになる。君が笑顔でいてくれるなら、僕は何だってできる)


〇同日、生徒会室

椿が資料整理をしていると、実咲が飛び込んでくる。

実咲「椿ちゃん、聞いたよ! 3年の影山先輩と一緒にいたんだって!?」
椿「え、もう噂になってるの!?」

顔を赤らめる椿。

実咲「影山先輩って、すっごく優秀で人気なのに、誰とも深く関わらない人だって有名なんだよ? それなのに、椿ちゃんには自分から声をかけるなんて……」
椿「そんな……ただ、傘を貸してくれただけで……」
実咲「でも椿ちゃん、嬉しそう」

実咲にからかわれて、椿はますます顔を赤くする。

実咲「ねえ、影山先輩のこと、気になってるんじゃない?」
椿「そ、そんなことは……」

言葉に詰まる椿。

椿(確かに……先輩のこと、もっと知りたいって思ってる。これって……?)

その時、椿のスマホに通知が届く。
見知らぬアドレスからのメッセージ。

『今日も、とても素敵でした』

椿「え……?」

送信者の情報は表示されていない。

実咲「どうしたの?」
椿「ううん、何でもない……」

スマホを握りしめる椿の胸に、かすかな違和感が芽生える。それと同時に──

椿(誰かが、私のことを見ている……?)

不思議と、悪い気はしない椿。
(指先でスマホの画面をそっとなぞる。)

窓の外では、また雨が降り始めている。


〇同じ頃・校舎の陰

蒼太がひとりで立っている。
手にはスマホ。画面には、たった今送信したメッセージの記録。

蒼太「ごめんね、椿さん。君の反応が知りたくて」

雨粒が頬を伝う。それが涙なのか雨なのか、蒼太自身にもわからない。

蒼太「次は、もっと近くに行くから。今度こそ……君の隣にいられるように」

生徒会室の窓を見上げる蒼太の目に、椿の小さなシルエットが映っている。

蒼太「待っていて。必ず……君だけの特別な人になるから」