紙片に残る面影

 雨上がりの朝。
 オフィスの窓ガラスはまだ曇っていて、外の景色がぼやけていた。
 結衣はパソコンに向かいながらも、視線は虚ろだった。

 昨夜、ベッドに潜り込みながら何度も思い出してしまった。
 会社の前で見た光景。
 悠真と美月が並んで立ち、楽しげに会話をしていた姿。
 街灯に照らされた二人の影は重なり合い、まるで昔からそうだったかのように自然に見えた。

(……やっぱり、二人は繋がってたんだ。お似合い……)

 胸の奥がまたきゅっと痛む。
 信じたいと思った気持ちが、砂の城のように崩れ落ちていった。



 昼休み。
 給湯室で紙コップにお茶を注いでいると、背後から声がした。

「篠原さん」

 低い声に肩が跳ねる。振り返れば、悠真が立っていた。
 真剣な眼差し。昨日からの胸のざわつきが一気に蘇る。

「……はい」
「少し話せるか」
「……ええ」

 二人は小さな会議室に移動した。
 静まり返った室内。時計の秒針の音がやけに響く。

「君は、どうして俺を避ける」
 開口一番、悠真の声が落ちてきた。
 結衣は言葉を詰まらせ、指先で資料の端をカリカリとこすった。

「避けてなんか……」
「嘘だ。俺が君を見ているとき、いつも視線を逸らす」

 胸の奥が熱くなる。
 逃げたくて、でも逃げられなくて——口をついて出たのは、思ってもいなかった言葉だった。

「……部長は、美月とお似合いですよ」

 静寂を裂くような一言。
 自分でも驚くほど冷たく響いた。

「な……」
 悠真の表情が一瞬で凍りつく。

「昔から仲が良かったじゃないですか。今も取引で顔を合わせて、楽しそうに話して……。私なんかより、ずっと……」

 声が震え、最後は掠れて消えた。
 胸が苦しい。吐き出した途端、自分の心を傷つけてしまった。

「……ふざけるな」

 低く、怒りを押し殺した声。
 結衣は顔を上げられなかった。

「俺が誰を見てるか、まだわからないのか」
「……」
「俺は……ずっと、お前だけを——」

 そこで言葉が途切れた。
 悠真は拳を握り、苦しげに視線を逸らした。

「……いや、これ以上は言えない。今はまだ」

 結衣は混乱していた。
 心臓が早鐘を打ち、頭が真っ白になる。

(どうして……そんな顔をするの。怒ってる? それとも……)

 問い詰める勇気もなく、ただ立ち尽くす。



 沈黙に耐えられず、結衣は会議室を飛び出した。
 廊下を駆け抜けながら、涙が頬を伝う。

(どうして、あんなこと言ったんだろう……)

 「お似合い」なんて、本心じゃない。
 だけど、許せない気持ちと、嫉妬と、どうしようもない切なさが重なって、口をついて出てしまった。

(私は……彼をまだ……)

 心の奥で囁く声を必死にかき消す。
 許せない。忘れたい。なのに、まだ。



 一方その頃、会議室に残った悠真は深く息を吐いた。

(……お似合い、だと? 俺と美月が?)

 胸の奥が熱く疼く。
 違う。結衣が思っていることはすべて誤解だ。
 なのに、彼女の口から突き放すような言葉を聞かされ、感情を抑えきれなかった。

(俺が見ているのは……結衣、お前だけなのに)

 窓の外の曇天を睨みつけながら、拳を握りしめる。

(もう二度と、誤解なんてさせない。……必ず、真実を伝える)

 決意を胸に刻む悠真の横顔は、苦しみと強い覚悟に彩られていた。



 夜。
 結衣は自室のベッドに倒れ込み、シーツの端をカリカリとこすりながら、涙をこぼした。

「……お似合いなんかじゃない。そんなの、わかってるのに……」

 吐き出した言葉に、自分が一番傷ついていた。
 それでも心は頑なに、「許せない」という痛みに支配され続けていた。