——あれから三か月。
 初夏の陽射しがビルの窓ガラスに反射し、街路樹の緑が鮮やかに揺れている。
 部署の空気は相変わらず忙しいが、美咲の心は以前よりもずっと落ち着いていた。

「春川、これ、午後までにまとめられるか」
「はい。先に目を通して、段取り組んでおきます」

 神崎——いや、亮は、以前と同じ低い声で指示を出す。
 けれど、二人の間にはもう不必要な緊張はない。
 視線が合えば、小さな合図のように口元が緩む。

 周囲にはまだ二人の関係を知らない社員も多い。
 だから、仕事中はあくまで上司と部下として距離を保つ。
 けれど、その距離感すら今は心地よい。

 

 昼休み。
 エレベーターで一緒になった瞬間、亮が小声で囁く。

「……今夜、空けとけ」
「え?」
「理由は、着いてから話す」

 わざと視線を逸らすその横顔に、思わず頬が緩む。
 周囲に人がいるのを意識して、返事は小さく「はい」とだけ。

 

 夜。
 案内されたのは、かつて契約成功を祝ったラウンジだった。
 窓の外には、夏の夜景が広がっている。

「この景色、やっぱり好きです」
「……俺もだ。お前と見るなら、なおさら」

 そう言って、亮はテーブルに小さな箱を置いた。
 中には、シルバーの名刺入れ。
 蓋の裏には小さく刻まれた言葉があった。

——Only for you.

「これからも、俺の隣にいてくれ」
「……はい」

 答えた瞬間、亮の手がそっと美咲の手を包み込む。
 窓の外で瞬く街の灯りが、ふたりのこれからを静かに照らしていた。