大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

◆朱里
目覚ましが鳴るより早く、目が覚めていた。

カーテン越しの光が、やけに白い。

(今日だ)

思っただけで、胸がきゅっと鳴る。

支度をしながら、何度も考える。

どんな顔をすればいいのか。

どんな言葉を返せばいいのか。

でも答えは出ない。

出ないまま、制服に袖を通す。

鏡の中の自分は、少しだけ大人びて見えた。

それが嬉しいのか、怖いのか、分からない。

出勤の電車の中。

スマホを何度も確認するけれど、通知は来ない。

(……仕事のあと、だもんね)

その“仕事のあと”までが、やけに長い。


◆嵩

朝から、ずっと落ち着かなかった。

コーヒーを淹れても、味が分からない。

昨日送ったメッセージ。

朱里からの返信は、簡潔で、逃げていなかった。

《分かりました。仕事終わりで、大丈夫です》

その一文が、胸に残り続けている。

(聞く覚悟を、ちゃんと持ってくれてる)

だからこそ、軽い言葉は使えない。

曖昧にもできない。

言うと決めた。

でも、どう言うかまでは、まだ定まらない。

職場で朱里とすれ違う。

目が合って、互いに小さく会釈する。

それだけ。

それだけなのに、昨日までとは違う緊張があった。

(……逃げるな)

自分に言い聞かせる。


◆朱里

昼休み、美鈴と並んで歩きながら、

何気ない話を装っていた。

「……今日、平田さんと話すことになって」

声が、少しだけ震える。

美鈴は立ち止まらずに言った。

「うん。来たね」

それだけ。

「怖い、って言っていいのかな」
「いいに決まってるでしょ。
 むしろ、それ言わないで何言うの」

即答だった。

朱里は、少し笑ってしまう。

張りつめていたものが、ほんの少し緩む。

「……ありがとう」

「帰ってきたら、連絡しな。
 泣いても、黙ってても、どっちでもいいから」

その言葉が、背中を押した。


◆嵩

定時が近づくにつれ、時計を見る回数が増える。

言う場所は決めてある。

人目が少なくて、でも逃げ場のないところ。

(ちゃんと向き合える場所)

朱里を呼び止めるタイミングを、何度もシミュレーションする。

「少し話せる?」

それだけで、十分なはずなのに。

胸の奥が、静かに重い。

(これを言ったら、何かが変わる)

良くも、悪くも。

元には戻らない。

でも──
戻らないことを、望んでいる自分がいる。


◆朱里

仕事を終え、席を立つ。

心臓が、さっきより早い。

バッグを持った瞬間、声がした。

「中谷さん」

振り返る。

平田嵩が、そこにいた。

いつもと同じ顔。

でも、その目は、少しだけ覚悟を帯びている。

「……行こうか」

その一言で、全部が始まる気がした。

朱里は、小さく頷く。

「……はい」

二人は並んで歩き出す。

まだ、何も言われていない。

まだ、何も聞いていない。

それでも──
同じ夜へ向かっていることだけは、確かだった。