真壁との距離は、日に日に広がっていった。
あの外国人女性の件以来、会うたびに心のどこかで壁を作ってしまう。
彼が何を言っても、全てが外交官の「方便」に聞こえてしまうのだ。
そんなある日の午後、私は父の代理で、都内の国際ホテルで行われる業界懇親会に出席することになった。
主催者リストには、真壁の名前もある。
会場のドアを開けた瞬間、予感は確信に変わった。
――彼がいる。
それだけならいい。
だが、彼はあの外国人女性と並んで立っていた。
しかも彼女は彼の腕に手をかけ、親しげに何かを囁いている。
息が詰まり、足が止まった。
私に気づいた真壁は一瞬だけ表情を変えたが、すぐに何事もなかったかのように笑顔を取り戻す。
その笑顔が、私の胸に深く突き刺さった。
懇親会の最中、私は極力彼に近づかないようにしていた。
けれど、目は自然と彼の姿を追ってしまう。
外交官らしい洗練された立ち居振る舞い。
女性が何か話すたびに、軽く頷き、笑う。
――その笑顔、私にはくれなかったじゃない。
苛立ちと寂しさがないまぜになって、胸の奥が苦しくなる。
その時、背後から声がかかった。
「藤崎さん、こちらに」
振り返ると、別の商社の役員が立っていた。
名刺交換をして数分話していると、不意に腕を取られた。
「失礼します」
低く、よく通る声。
真壁が間に割って入ってきた。
「彼女は私と同席の予定です」
役員は苦笑いして去っていったが、私は腕を振り払った。
「何なんですか」
「あなたが他の男と親しげにしているのを見ると、どうにも……」
「どうにも?」
「……腹立たしい」
予想外の言葉に、心がわずかに揺れた。
けれど、それはすぐに冷たい感情に覆われる。
「じゃあ、あなたは? あの女性と腕を組んでたじゃないですか」
「それは――」
「仕事? 方便? もう聞き飽きました」
言葉が鋭くなっているのは分かっていたが、止められなかった。
懇親会の後、彼に半ば強引に連れられてホテルのラウンジに入った。
「説明します」
「必要ありません」
「ある」
低く抑えた声が、妙に真剣だった。
「彼女は、以前僕が海外赴任していた時の仕事仲間です。今回も案件で同席しただけで、それ以上でも以下でもない」
「……じゃあ、なぜあんなに近かったんですか」
「彼女の国ではあの程度の距離は普通です」
そう言われても、胸のわだかまりは消えなかった。
沈黙が落ちる。
窓の外では雨が降り出していた。
真壁がグラスを置き、私の方を真っ直ぐに見た。
「藤崎さん。あなたは、僕を信じられますか」
その問いは、あまりにも直球で、逃げ場がなかった。
信じたい。でも――
「……分かりません」
私の答えに、彼はほんのわずかに目を伏せた。
「そうですか」
それだけ言うと、彼は会計を済ませ、雨の中へ出て行った。
私は追わなかった。
追えば、また言い訳と駆け引きの中に引き込まれる気がしたから。
残されたのは、冷めかけた紅茶と、胸の奥に広がる空虚だけだった。
その夜、携帯にメッセージが届いた。
《しばらく距離を置きましょう》
短い文章。それ以上は何もない。
私はスマートフォンを握りしめたまま、返事を打てなかった。
窓の外の雨音が、やけに遠くに聞こえた。
あの外国人女性の件以来、会うたびに心のどこかで壁を作ってしまう。
彼が何を言っても、全てが外交官の「方便」に聞こえてしまうのだ。
そんなある日の午後、私は父の代理で、都内の国際ホテルで行われる業界懇親会に出席することになった。
主催者リストには、真壁の名前もある。
会場のドアを開けた瞬間、予感は確信に変わった。
――彼がいる。
それだけならいい。
だが、彼はあの外国人女性と並んで立っていた。
しかも彼女は彼の腕に手をかけ、親しげに何かを囁いている。
息が詰まり、足が止まった。
私に気づいた真壁は一瞬だけ表情を変えたが、すぐに何事もなかったかのように笑顔を取り戻す。
その笑顔が、私の胸に深く突き刺さった。
懇親会の最中、私は極力彼に近づかないようにしていた。
けれど、目は自然と彼の姿を追ってしまう。
外交官らしい洗練された立ち居振る舞い。
女性が何か話すたびに、軽く頷き、笑う。
――その笑顔、私にはくれなかったじゃない。
苛立ちと寂しさがないまぜになって、胸の奥が苦しくなる。
その時、背後から声がかかった。
「藤崎さん、こちらに」
振り返ると、別の商社の役員が立っていた。
名刺交換をして数分話していると、不意に腕を取られた。
「失礼します」
低く、よく通る声。
真壁が間に割って入ってきた。
「彼女は私と同席の予定です」
役員は苦笑いして去っていったが、私は腕を振り払った。
「何なんですか」
「あなたが他の男と親しげにしているのを見ると、どうにも……」
「どうにも?」
「……腹立たしい」
予想外の言葉に、心がわずかに揺れた。
けれど、それはすぐに冷たい感情に覆われる。
「じゃあ、あなたは? あの女性と腕を組んでたじゃないですか」
「それは――」
「仕事? 方便? もう聞き飽きました」
言葉が鋭くなっているのは分かっていたが、止められなかった。
懇親会の後、彼に半ば強引に連れられてホテルのラウンジに入った。
「説明します」
「必要ありません」
「ある」
低く抑えた声が、妙に真剣だった。
「彼女は、以前僕が海外赴任していた時の仕事仲間です。今回も案件で同席しただけで、それ以上でも以下でもない」
「……じゃあ、なぜあんなに近かったんですか」
「彼女の国ではあの程度の距離は普通です」
そう言われても、胸のわだかまりは消えなかった。
沈黙が落ちる。
窓の外では雨が降り出していた。
真壁がグラスを置き、私の方を真っ直ぐに見た。
「藤崎さん。あなたは、僕を信じられますか」
その問いは、あまりにも直球で、逃げ場がなかった。
信じたい。でも――
「……分かりません」
私の答えに、彼はほんのわずかに目を伏せた。
「そうですか」
それだけ言うと、彼は会計を済ませ、雨の中へ出て行った。
私は追わなかった。
追えば、また言い訳と駆け引きの中に引き込まれる気がしたから。
残されたのは、冷めかけた紅茶と、胸の奥に広がる空虚だけだった。
その夜、携帯にメッセージが届いた。
《しばらく距離を置きましょう》
短い文章。それ以上は何もない。
私はスマートフォンを握りしめたまま、返事を打てなかった。
窓の外の雨音が、やけに遠くに聞こえた。

