四月三日の放課後、春馬は約束どおり美術室に向かった。そこには愛理と勇希、しおり、雅史、恭子の姿があった。
「じゃあ今日から本格的に始めよう」
愛理が笑顔で声を上げた。
「テーマは涙の色。それぞれ、自分の涙を思い出して描いてみて」
勇希は真剣な目で筆を握った。
「俺の涙は……青黒い感じかな。悔し涙ばっかりだったから」
しおりは小さく息を吐き、淡いピンクを選んだ。
「私は、嫌われてもいいと思えたときに泣いた。だから少し暖かい色」
雅史は緑を選び、「時間をかけて諦められたときの色」とつぶやいた。恭子は淡いクリーム色で、「安心して泣けたときの色」と言った。
そして春馬は何も選べなかった。筆を握ったまま、ただ色見本を見つめた。
——俺には、まだ決められない。
愛理はそんな春馬の手をそっと取った。
「無理に決めなくていいよ。描いてるうちに見えてくるかもしれない」
その声に春馬はかすかにうなずいた。
四月六日、部活後に美術室を片付けていると、勇希が声をかけてきた。
「春馬、明日の朝、体育館裏に来いよ」
「え?」
「ちょっと見せたいもんがある」
四月七日、体育館裏で待っていると、勇希が壊れかけのイーゼルを修理していた。
「こいつ、廃材で直せると思ってな」
「……なんでそこまで?」
勇希はニッと笑った。
「逆境って燃えるんだよ。負けたくないって気持ちになる。お前だって、絵を捨てたくないだろ?」
春馬はその言葉に胸を打たれた。
同じころ、しおりは職員室で安全管理の書類を提出し、教師に頭を下げていた。友達から「面倒なことやってる」と笑われても、彼女は気にしなかった。
「嫌われてもいい。最後に守れるものがあるなら」
しおりの声は少し震えていたが、その目は強かった。
雅史は理科室にこもって廃材の強度を調べ続け、恭子は夜遅くまで資料を読み、説明台本を練り上げていた。
それぞれが、それぞれのやり方で涙色の壁画に向かっていた。
そんな仲間の姿を見て、春馬はようやくスケッチブックを開いた。震える手で線を描く。まだ色は決められないが、線だけでもいい。何かを始めなければ——そう思えた。
四月七日、愛理からメッセージが届いた。
「春馬くん、文化祭の申請書出した?」
「……まだ」
「期限、明日だよ」
春馬は目を見開いた。時計はすでに午後九時を回っている。
——決めなきゃ。
深呼吸をして、ペンを取った。
四月八日、春馬は申請書を握りしめて生徒会室へ走っていた。期限は今日の昼まで。廊下を駆け抜けながら、心臓がやけに早鐘を打つ。
——決めたんだ、俺がやるって。
ドアを開けると、副校長がちょうど資料を持って出ていくところだった。
「ちょっと待ってください! 文化祭の追加企画、お願いします!」
春馬は息を切らしながら申請書を差し出した。
副校長は眉をひそめた。
「壁画? しかも廃材利用? 安全面はどうするつもりだね」
「安全確認はしおりが担当します。強度は雅史が検証します。解説や集客は恭子が準備して、勇希が作業をまとめてくれます。僕は……」
言葉が詰まる。しかし愛理の言葉を思い出した。——決めないのも決断。
「僕は、この学校に残るものを作りたいんです!」
副校長は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに腕を組み、深いため息をついた。
「……責任を持てるなら、許可しよう。ただし安全最優先だ」
「ありがとうございます!」
春馬は深く頭を下げた。
教室に戻ると、愛理が待っていた。
「どうだった?」
「……許可、下りた」
愛理はぱっと笑顔になり、春馬の肩を軽く叩いた。
「やったね。じゃあ、始めよう」
その日から、みんなの動きが一段と活発になった。勇希は廃材を集めるために地域の大工を訪ね、しおりは学校中の安全ルートを確認。雅史は材料を慎重に検証し、恭子は地域新聞に文化祭の記事を掲載してもらえるよう依頼していた。
愛理は壁画の下絵を描きはじめ、春馬もようやく筆をとった。
夜、春馬はスケッチブックを開いたまま、ふと窓の外を見た。桜が夜風に散り、街灯に照らされて淡い光を放っている。
——涙の色、か。
もし今の自分が泣いたら、その涙は何色だろう。迷いと悔しさと、それでも踏み出した勇気が混ざった色……。
春馬はゆっくりと青灰色の絵の具を手に取った。
四月九日、父と顔を合わせた。
「……文化祭に出すのか」
「うん」
「受験はどうする」
「やるよ。でも……今はこれもやりたいんだ」
父は何も言わず、ただ短くうなずいた。その目が少し赤かった。
春馬は美術室に向かい、仲間と合流した。
「よし、やろう!」
その声に、みんなの顔が明るくなった。
こうして旭ヶ丘中学校最後の文化祭に向けた準備が、本格的に始動したのだった。
「じゃあ今日から本格的に始めよう」
愛理が笑顔で声を上げた。
「テーマは涙の色。それぞれ、自分の涙を思い出して描いてみて」
勇希は真剣な目で筆を握った。
「俺の涙は……青黒い感じかな。悔し涙ばっかりだったから」
しおりは小さく息を吐き、淡いピンクを選んだ。
「私は、嫌われてもいいと思えたときに泣いた。だから少し暖かい色」
雅史は緑を選び、「時間をかけて諦められたときの色」とつぶやいた。恭子は淡いクリーム色で、「安心して泣けたときの色」と言った。
そして春馬は何も選べなかった。筆を握ったまま、ただ色見本を見つめた。
——俺には、まだ決められない。
愛理はそんな春馬の手をそっと取った。
「無理に決めなくていいよ。描いてるうちに見えてくるかもしれない」
その声に春馬はかすかにうなずいた。
四月六日、部活後に美術室を片付けていると、勇希が声をかけてきた。
「春馬、明日の朝、体育館裏に来いよ」
「え?」
「ちょっと見せたいもんがある」
四月七日、体育館裏で待っていると、勇希が壊れかけのイーゼルを修理していた。
「こいつ、廃材で直せると思ってな」
「……なんでそこまで?」
勇希はニッと笑った。
「逆境って燃えるんだよ。負けたくないって気持ちになる。お前だって、絵を捨てたくないだろ?」
春馬はその言葉に胸を打たれた。
同じころ、しおりは職員室で安全管理の書類を提出し、教師に頭を下げていた。友達から「面倒なことやってる」と笑われても、彼女は気にしなかった。
「嫌われてもいい。最後に守れるものがあるなら」
しおりの声は少し震えていたが、その目は強かった。
雅史は理科室にこもって廃材の強度を調べ続け、恭子は夜遅くまで資料を読み、説明台本を練り上げていた。
それぞれが、それぞれのやり方で涙色の壁画に向かっていた。
そんな仲間の姿を見て、春馬はようやくスケッチブックを開いた。震える手で線を描く。まだ色は決められないが、線だけでもいい。何かを始めなければ——そう思えた。
四月七日、愛理からメッセージが届いた。
「春馬くん、文化祭の申請書出した?」
「……まだ」
「期限、明日だよ」
春馬は目を見開いた。時計はすでに午後九時を回っている。
——決めなきゃ。
深呼吸をして、ペンを取った。
四月八日、春馬は申請書を握りしめて生徒会室へ走っていた。期限は今日の昼まで。廊下を駆け抜けながら、心臓がやけに早鐘を打つ。
——決めたんだ、俺がやるって。
ドアを開けると、副校長がちょうど資料を持って出ていくところだった。
「ちょっと待ってください! 文化祭の追加企画、お願いします!」
春馬は息を切らしながら申請書を差し出した。
副校長は眉をひそめた。
「壁画? しかも廃材利用? 安全面はどうするつもりだね」
「安全確認はしおりが担当します。強度は雅史が検証します。解説や集客は恭子が準備して、勇希が作業をまとめてくれます。僕は……」
言葉が詰まる。しかし愛理の言葉を思い出した。——決めないのも決断。
「僕は、この学校に残るものを作りたいんです!」
副校長は一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに腕を組み、深いため息をついた。
「……責任を持てるなら、許可しよう。ただし安全最優先だ」
「ありがとうございます!」
春馬は深く頭を下げた。
教室に戻ると、愛理が待っていた。
「どうだった?」
「……許可、下りた」
愛理はぱっと笑顔になり、春馬の肩を軽く叩いた。
「やったね。じゃあ、始めよう」
その日から、みんなの動きが一段と活発になった。勇希は廃材を集めるために地域の大工を訪ね、しおりは学校中の安全ルートを確認。雅史は材料を慎重に検証し、恭子は地域新聞に文化祭の記事を掲載してもらえるよう依頼していた。
愛理は壁画の下絵を描きはじめ、春馬もようやく筆をとった。
夜、春馬はスケッチブックを開いたまま、ふと窓の外を見た。桜が夜風に散り、街灯に照らされて淡い光を放っている。
——涙の色、か。
もし今の自分が泣いたら、その涙は何色だろう。迷いと悔しさと、それでも踏み出した勇気が混ざった色……。
春馬はゆっくりと青灰色の絵の具を手に取った。
四月九日、父と顔を合わせた。
「……文化祭に出すのか」
「うん」
「受験はどうする」
「やるよ。でも……今はこれもやりたいんだ」
父は何も言わず、ただ短くうなずいた。その目が少し赤かった。
春馬は美術室に向かい、仲間と合流した。
「よし、やろう!」
その声に、みんなの顔が明るくなった。
こうして旭ヶ丘中学校最後の文化祭に向けた準備が、本格的に始動したのだった。


