午前十時。文化祭開始の時刻を迎えたが、校舎の外は激しい暴風雨に包まれていた。木々がしなり、校庭の砂が舞い上がる。来場者は一人もいない。
 「……やっぱり無理だったのかな」しおりが呟く。
 「まだ終わってない」春馬はきっぱりと答えた。
  その言葉に恭子がすぐに反応した。
 「オンライン配信をやろう。会場に来られないなら、届ければいい」
 「そんなことできるの?」愛理が驚く。
 「できます。機材は準備してあります」恭子の表情は静かだが力強い。
 「じゃあ電源はどうする?」勇希が尋ねる。
 「非常用のポータブル電源がある。これを使おう」しおりがすでに倉庫から取り出していた。
  全員が即座に動いた。カメラを三脚に固定し、マイクを設置し、照明の位置を調整する。
 「コメント欄も開放した。視聴者と双方向でやり取りできます」恭子が手際よくパソコンを操作する。
  準備が整うと、春馬は深呼吸してカメラの前に立った。
 「旭ヶ丘中学校の文化祭へようこそ。僕たちは、この壁画を守るために今日まで走ってきました。どうか、画面越しにでも見てください」
  配信が始まると、画面に次々とコメントが流れた。
 《すごい! きれい!》《頑張って!》《台風の中でやるなんてすごい勇気だ》
  それを見て愛理が涙ぐむ。
 「見てくれてるんだね……」
  春馬は力強くうなずいた。
 「さあ、みんなで届けよう!」
 オンライン配信のチャット欄には次々と応援コメントが流れ続けた。
 《負けるな!》《見えてるよ、ちゃんと届いてる!》《泣きそうだ》
  恭子がモニターを確認しながら言った。
 「同時視聴者数が増えてます。もう百人を超えました」
 「やったな!」勇希がガッツポーズを決める。
  だが、そのとき体育館全体を揺らすような轟音が鳴り響いた。
 「……何の音?」愛理が不安げに辺りを見回す。
 「屋根が一部剥がれてる!」雅史が指さした。天井の一角が強風に煽られ、金属音を立てている。
  春馬は一瞬ためらったが、すぐに叫んだ。
 「全員、ロープと工具を持ってきて! 展示物は動かすな! 壁画を守るぞ!」
  迷いのない指示に、仲間たちは一斉に動き出した。
  しおりは非常用のロープを抱え、勇希は脚立を担ぎ、雅史は安全ベルトを腰に巻いた。恭子は配信を続けつつ「緊急作業中」とテロップを表示する。
 「カメラはこのまま回そう。これが私たちの戦いだから」春馬は愛理に向けて頷いた。
  暴風の音に負けじと、仲間の声が体育館に響く。
 「ロープ、こっちに回せ!」「支点確認した!」「あと少しで固定できる!」
  やがて剥がれかけた屋根はロープで押さえられ、危険はひとまず回避された。
  全員が息をつき、互いを見合わせた。
 「まだ終わってないぞ」春馬がカメラに向かって言う。
 「僕たちは、どんな嵐が来ても絵を守り抜きます」
  その言葉にコメント欄が再び沸き立った。
 《最高だ!》《勇気をもらった》《泣いてる》