六月十五日、午前四時。暴風雨の前触れのような風音が窓を揺らしていた。春馬たちは旧体育館に集まり、文化祭当日の展示物の最終確認をしていた。
 「全員、準備は整ってるか?」春馬の声はいつになくはっきりしていた。
 「リスト確認済み。不足はない」勇希がタブレットを片手に答える。
 「展示動線も大丈夫。安全対策も二重にしてある」しおりがチェック表を掲げる。
 「解説台本も更新したわ」恭子がプリントを差し出した。
  愛理は壁画の前で最後の筆を動かしていた。涙色インクを薄く重ね、虹のような輝きを増していく。
 「これで……完成だね」愛理が筆を置き、深く息をつく。
  春馬はカメラを構えた。
 「いくよ……はい、チーズ」
  シャッター音が響き、完成直後の壁画と仲間たちの姿がフィルムに刻まれた。
  その後も作業は続いた。照明の角度を調整し、防水シートを点検し、避難経路を再確認する。
 「ここまでやれば大丈夫だ」雅史が汗をぬぐいながら言った。
 「いや、あと一回確認だ」春馬が即答した。
  午前五時。全員が体育館中央に集まり、無言で壁画を見上げた。
 「……すごいな」勇希がぽつりと漏らす。
 「この色、この形、この気持ち……全部がそろってる」愛理が目を細めた。
  春馬は拳を握った。
 「今日は絶対に成功させる」
 「おー!」全員の声が重なり、広い体育館に響き渡った。
 夜明けが近づくころ、体育館の外から強い風の音が聞こえてきた。台風が本格的に接近している証拠だった。
 「来たな……」春馬は窓を見やり、もう一度仲間たちに向き直った。
 「ここからは時間との勝負だ。各自、自分の担当を再チェック!」
  勇希が手際よくリストを読み上げ、しおりは展示エリアを走り回り、恭子はオンライン配信用のカメラを調整している。
  愛理は壁画の前で立ち止まり、そっと触れた。
 「……大丈夫。守れる」
  その声を聞いて春馬も微笑む。
 「ありがとう、愛理。みんながいたからここまで来られた」
  全員の確認作業が終わった時、体育館の時計は午前六時を指していた。
 「これで準備は完了だ」春馬の言葉に、仲間たちは安堵の笑みを浮かべた。
  その場に自然と拍手が広がった。
  春馬は愛理の母の形見のカメラを構えた。ファインダー越しに見えるのは、疲れきっているのに誇らしげな仲間たちの顔だった。
 「いくよ……これが俺たちの夜明けだ!」
  カシャ、とシャッターが切られる。
  外は荒れ模様だが、心の中は不思議と穏やかだった。
 ——嵐の向こうにある光を、この仲間と見に行こう。
  春馬はカメラを下ろし、拳を強く握りしめた。