六月十三日、朝焼けに染まる校庭。春馬は仲間たちと旧画室の前に立っていた。
 「今日で仕上げだな」勇希が腕を回し、深呼吸する。
 「緊張するね」愛理が笑いながらも、どこか表情を引き締めた。
  壁画はあと一色を残して完成に近づいていた。最後の色、それは仲間全員が決めた“涙の色”だった。
 「昨日まで悩んでたけど、やっと答えが出たな」しおりが小さくつぶやく。
 「うん、私たちそれぞれの涙の色を重ねるんだよね」恭子が確認するように言う。
  雅史が作業台に並べられたインクを見て頷いた。
 「どの色も違うけど、全部そろえたら不思議と調和するんだ」
  勇希が笑った。
 「俺は深い赤だ。逆境で流した涙の色」
 「私は透明に近い青かな」愛理が答える。
 「私はグレーっぽい紫」しおりは躊躇なく言った。
 「私は淡い黄緑」恭子は柔らかい笑顔で続ける。
  最後に春馬が筆を持った。
 「俺は……光が混じった白だ」
  全員の色をキャンバスに重ねると、ひとつの大きな虹色のしずくが浮かび上がった。
 「これが、私たちの涙だね」愛理が感嘆の声を上げた。
  完成した壁画を前に、春馬は静かに言った。
 「ありがとう。これで文化祭を迎えられる」
  愛理がうなずく。
 「泣いても笑ってもいい。だって、ここには私たちの全部がある」
 筆を置いた瞬間、旧画室の中がしんと静まり返った。全員が完成した壁画を見つめていた。
  巨大なキャンバスの中央には虹色に輝く涙のしずくが描かれ、その周囲には旭ヶ丘中学校を象徴する桜と、空へ羽ばたく鳥が描かれている。
 「……すごいな」勇希がぽつりとつぶやいた。
 「色がぶつからないで溶け合ってる」雅史も目を細める。
 「私たちの涙って、こんなにきれいだったんだね」愛理は筆先についたインクを見つめながら微笑んだ。
  春馬は全員の顔を順番に見た。
 「ありがとう。俺、ずっと迷ってた。でも……もう迷わない。この壁画が、俺たちの答えだから」
  しおりが軽く肩を叩いた。
 「じゃあ文化祭当日は、この涙を誇って見せつけてやりましょう」
 「うん。泣いてもいいし、笑ってもいい。どんな顔でも、この色が受け止めてくれる」恭子が静かに言った。
  春馬は愛理から預かったフィルムカメラを構えた。ファインダーには笑顔の仲間たちと完成した壁画が映っている。
 「いくよ……はい、チーズ」
  シャッター音が鳴り響いた。
  その音は、彼らの努力と絆を永遠に刻む合図のように感じられた。