六月十二日、春馬は病院の待合室にいた。父が過労で倒れ、救急搬送されたと連絡を受けたのだ。
「お父さん……」春馬は落ち着かない様子で椅子に座り、膝の上で拳を握っていた。
愛理がそっと隣に座る。
「大丈夫。命に別状はないって先生が言ってた」
「でも……俺、昨日まで文化祭の準備で家のこともほったらかしで……」
やがて看護師に案内され、病室へ入ると、父は酸素マスクを外され、ベッドに横たわっていた。
「……春馬か」父は弱々しい声で言った。
「うん……ごめん、俺、何も気づかなくて」
父はかすかに笑った。
「謝るな。お前はお前のやりたいことをやれ。俺も無理をしすぎた」
春馬の目に涙がにじむ。
「でも、塾のことも進学のことも……全部投げ出して……」
「春馬」父が静かに言った。「好きにやれ。やりたいことをやれ。……俺も、お前が何を選ぶのか見たかっただけだ」
春馬は父の手を握りしめ、はっきりと叫んだ。
「俺、最後の文化祭をやりきる! みんなと描いた壁画を、絶対完成させる!」
父はその声に目を閉じ、涙をこぼした。
「……いい顔になったな、春馬」
病室を出ると、愛理が待っていた。
「言えた?」
「ああ、やっと言えた」春馬は涙を拭い、笑った。
病院を出た春馬は、冷たい風を受けながら歩いていた。
「春馬くん」愛理が後ろから呼びかける。「少し休んだほうがいいよ」
春馬は首を横に振った。
「いや、今は仲間のところに戻りたい。父さんも“好きにやれ”って言ってくれた」
学校に戻ると、勇希たちがちょうど作業をしていた。
「春馬、父さんは?」勇希が聞く。
「大丈夫。……でも、すごく疲れてた」
春馬はみんなの前に立ち、深く頭を下げた。
「今まで俺、迷ってばかりで……でも今日、やっと決めたんだ。最後までやりきる」
しおりが腕を組み、にやりと笑う。
「ようやく覚悟が決まったのね」
恭子が柔らかな声で言った。
「じゃあ私たちも、最後まで全力で支えるよ」
愛理は春馬の横に立ち、そっと笑った。
「もう大丈夫だね。泣いてもいいし、笑ってもいい。だって、ちゃんと決めた顔してるもん」
春馬はその言葉に微笑み返した。
夜遅くまで作業は続き、壁画はほぼ完成に近づいた。
「明日、仕上げだな」勇希がつぶやいた。
春馬はカメラを構え、仲間たちを撮影した。ファインダーの向こうには、疲れ切った顔なのに笑顔の仲間たちが映っている。
——これが俺の、大切な仲間だ。
作業を終え、帰り支度をする仲間たちを見回した春馬は、大きな声で言った。
「みんな、ありがとう。俺……父さんに言えたんだ。文化祭をやりきるって」
愛理が微笑む。
「うん、いい顔してたよ」
「泣いてたけどな」勇希が茶化すと、しおりも笑った。
「泣いて叫んで、それでも決めた顔してた。いいんじゃない?」
春馬は仲間の顔を順番に見た。
「俺、今まで迷ってばかりだった。でも、もう迷わない。最後まで走り抜ける。……だから、一緒に走ってほしい」
その言葉に、全員が無言で頷いた。
そのとき、春馬のポケットの中でカメラが触れた。愛理の母の形見であるそのカメラ。空白のフィルムはまだ半分残っている。
——このフィルムがいっぱいになるころ、きっと俺たちは笑っている。
春馬は心の中でそう呟き、カメラをぎゅっと握りしめた。
外に出ると夜風が吹き抜けた。
「寒いな」恭子が言うと、しおりが肩をすくめた。
「でも、気持ちは温かいでしょ?」
「それはそうだな」勇希が笑った。
春馬は一歩前に出て夜空を見上げた。
「よし、明日も頑張ろう!」
「おー!」仲間の声が夜に響いた。
「お父さん……」春馬は落ち着かない様子で椅子に座り、膝の上で拳を握っていた。
愛理がそっと隣に座る。
「大丈夫。命に別状はないって先生が言ってた」
「でも……俺、昨日まで文化祭の準備で家のこともほったらかしで……」
やがて看護師に案内され、病室へ入ると、父は酸素マスクを外され、ベッドに横たわっていた。
「……春馬か」父は弱々しい声で言った。
「うん……ごめん、俺、何も気づかなくて」
父はかすかに笑った。
「謝るな。お前はお前のやりたいことをやれ。俺も無理をしすぎた」
春馬の目に涙がにじむ。
「でも、塾のことも進学のことも……全部投げ出して……」
「春馬」父が静かに言った。「好きにやれ。やりたいことをやれ。……俺も、お前が何を選ぶのか見たかっただけだ」
春馬は父の手を握りしめ、はっきりと叫んだ。
「俺、最後の文化祭をやりきる! みんなと描いた壁画を、絶対完成させる!」
父はその声に目を閉じ、涙をこぼした。
「……いい顔になったな、春馬」
病室を出ると、愛理が待っていた。
「言えた?」
「ああ、やっと言えた」春馬は涙を拭い、笑った。
病院を出た春馬は、冷たい風を受けながら歩いていた。
「春馬くん」愛理が後ろから呼びかける。「少し休んだほうがいいよ」
春馬は首を横に振った。
「いや、今は仲間のところに戻りたい。父さんも“好きにやれ”って言ってくれた」
学校に戻ると、勇希たちがちょうど作業をしていた。
「春馬、父さんは?」勇希が聞く。
「大丈夫。……でも、すごく疲れてた」
春馬はみんなの前に立ち、深く頭を下げた。
「今まで俺、迷ってばかりで……でも今日、やっと決めたんだ。最後までやりきる」
しおりが腕を組み、にやりと笑う。
「ようやく覚悟が決まったのね」
恭子が柔らかな声で言った。
「じゃあ私たちも、最後まで全力で支えるよ」
愛理は春馬の横に立ち、そっと笑った。
「もう大丈夫だね。泣いてもいいし、笑ってもいい。だって、ちゃんと決めた顔してるもん」
春馬はその言葉に微笑み返した。
夜遅くまで作業は続き、壁画はほぼ完成に近づいた。
「明日、仕上げだな」勇希がつぶやいた。
春馬はカメラを構え、仲間たちを撮影した。ファインダーの向こうには、疲れ切った顔なのに笑顔の仲間たちが映っている。
——これが俺の、大切な仲間だ。
作業を終え、帰り支度をする仲間たちを見回した春馬は、大きな声で言った。
「みんな、ありがとう。俺……父さんに言えたんだ。文化祭をやりきるって」
愛理が微笑む。
「うん、いい顔してたよ」
「泣いてたけどな」勇希が茶化すと、しおりも笑った。
「泣いて叫んで、それでも決めた顔してた。いいんじゃない?」
春馬は仲間の顔を順番に見た。
「俺、今まで迷ってばかりだった。でも、もう迷わない。最後まで走り抜ける。……だから、一緒に走ってほしい」
その言葉に、全員が無言で頷いた。
そのとき、春馬のポケットの中でカメラが触れた。愛理の母の形見であるそのカメラ。空白のフィルムはまだ半分残っている。
——このフィルムがいっぱいになるころ、きっと俺たちは笑っている。
春馬は心の中でそう呟き、カメラをぎゅっと握りしめた。
外に出ると夜風が吹き抜けた。
「寒いな」恭子が言うと、しおりが肩をすくめた。
「でも、気持ちは温かいでしょ?」
「それはそうだな」勇希が笑った。
春馬は一歩前に出て夜空を見上げた。
「よし、明日も頑張ろう!」
「おー!」仲間の声が夜に響いた。


