六月八日、体育館の中央にしおりが立っていた。彼女の手には展示会場の図面が握られている。
「展示の高さ、このままだと危険だわ」
しおりの声に、愛理が顔を上げる。
「でも、この高さのほうが迫力あるし……」
「迫力より安全よ。もし倒れたらどうするの?」
しおりは迷わず決断した。展示を三十センチ低くし、観客の動線を広く取るように指示を出す。
「これじゃ配置が変わっちゃうよ」愛理が不満を漏らした。
しかししおりはきっぱりと言い切った。
「嫌われてもいい。安全のためにやる」
勇希が頷いた。
「しおりの言うとおりだ。事故が起きたら文化祭どころじゃない」
春馬も図面を覗き込み、しおりの判断を支持した。
「観客の目線を下げても、壁画とインスタレーションの迫力は変わらないはず。むしろ見やすくなるかもしれない」
愛理は渋々うなずいた。
作業が進むにつれ、動線は以前よりもスムーズになり、展示エリアも広がった。後輩たちが通路のテープを張りながら「これなら安心だ」と笑っていた。
その様子を見たしおりは、少しだけ安堵した。
夕方、後輩の一人がしおりに駆け寄った。
「しおり先輩、ありがとうございます。私たち、あまり考えてなかったです」
しおりは微笑んだ。
「いいのよ。嫌われるくらいがちょうどいいの。誰もケガしないなら」
展示の高さを下げる作業は、想像以上に大変だった。予定していた支柱の長さを切り詰め、新しい固定具を追加する必要があった。
「もう少し右! そこ!」しおりが声を張り上げる。
後輩たちが必死に支柱を支え、勇希と雅史が工具を回して固定した。
途中、後輩の一人が泣きそうな顔をしてしおりに近づいた。
「先輩……せっかく作ったのに、配置が全部変わっちゃって……」
しおりはしゃがみこみ、目線を合わせて言った。
「分かるよ。でもね、私たちは“最後の文化祭を安全に終わらせる”って約束したでしょ? そのための変更なの」
「……はい」
愛理はその様子を少し離れて見ていた。春馬がそっと声をかける。
「怒ってる?」
「ううん……ただ、私も安全より見栄えを優先しちゃってたなって」
「しおりは分かってたんだよ。嫌われてもいいって、最初から言ってた」
愛理は小さく笑った。
「私も見習わなきゃね」
作業が終わったころには通路が広くなり、観客が安全に回れる導線ができていた。
「これなら安心だな」勇希が腕を組んだ。
しおりは疲れた顔をしながらも、どこか満足そうに微笑んだ。
「嫌われても……やってよかった」
その言葉を聞いた春馬は思った。
——誰かの涙を防ぐために嫌われる覚悟、それも勇気のひとつなんだ。
作業を終えたしおりは、体育館の片隅で一人座り込んでいた。春馬が水を持って近づく。
「お疲れ」
「ありがとう。でも、みんなの顔、ちょっと怖かったな」
「それでも、誰もケガしない文化祭になったんだから、間違ってないよ」
しおりは小さく笑った。
「嫌われてもいいって言ったけど、やっぱり怖いんだよね。みんなに嫌われるの」
「俺もそう思ってた。でも……しおりのおかげで守れた笑顔がある。だからさ、ありがとう」
春馬の言葉に、しおりの目が少し潤んだ。
そこへ後輩たちが駆け寄ってきた。
「しおり先輩! 展示、見やすくなりましたね!」
「ほんとに安全になったって、先生たちも褒めてました!」
その声を聞いたしおりは、少し肩の力を抜いた。
「……そう。よかった」
愛理がしおりの隣に座り、そっと肩に触れた。
「嫌われるどころか、感謝されてるよ」
「ふふ、そうかもね」
夜、体育館の照明が落とされ、展示は静かに佇んでいた。低くなった展示は不思議と安定感を増し、観客がどんなに多くても受け止めてくれそうだった。
しおりは小さくつぶやいた。
「守れた……それで十分」
春馬はその背中を見つめながら思った。
——この仲間となら、何があっても最後まで走り抜けられる。
「展示の高さ、このままだと危険だわ」
しおりの声に、愛理が顔を上げる。
「でも、この高さのほうが迫力あるし……」
「迫力より安全よ。もし倒れたらどうするの?」
しおりは迷わず決断した。展示を三十センチ低くし、観客の動線を広く取るように指示を出す。
「これじゃ配置が変わっちゃうよ」愛理が不満を漏らした。
しかししおりはきっぱりと言い切った。
「嫌われてもいい。安全のためにやる」
勇希が頷いた。
「しおりの言うとおりだ。事故が起きたら文化祭どころじゃない」
春馬も図面を覗き込み、しおりの判断を支持した。
「観客の目線を下げても、壁画とインスタレーションの迫力は変わらないはず。むしろ見やすくなるかもしれない」
愛理は渋々うなずいた。
作業が進むにつれ、動線は以前よりもスムーズになり、展示エリアも広がった。後輩たちが通路のテープを張りながら「これなら安心だ」と笑っていた。
その様子を見たしおりは、少しだけ安堵した。
夕方、後輩の一人がしおりに駆け寄った。
「しおり先輩、ありがとうございます。私たち、あまり考えてなかったです」
しおりは微笑んだ。
「いいのよ。嫌われるくらいがちょうどいいの。誰もケガしないなら」
展示の高さを下げる作業は、想像以上に大変だった。予定していた支柱の長さを切り詰め、新しい固定具を追加する必要があった。
「もう少し右! そこ!」しおりが声を張り上げる。
後輩たちが必死に支柱を支え、勇希と雅史が工具を回して固定した。
途中、後輩の一人が泣きそうな顔をしてしおりに近づいた。
「先輩……せっかく作ったのに、配置が全部変わっちゃって……」
しおりはしゃがみこみ、目線を合わせて言った。
「分かるよ。でもね、私たちは“最後の文化祭を安全に終わらせる”って約束したでしょ? そのための変更なの」
「……はい」
愛理はその様子を少し離れて見ていた。春馬がそっと声をかける。
「怒ってる?」
「ううん……ただ、私も安全より見栄えを優先しちゃってたなって」
「しおりは分かってたんだよ。嫌われてもいいって、最初から言ってた」
愛理は小さく笑った。
「私も見習わなきゃね」
作業が終わったころには通路が広くなり、観客が安全に回れる導線ができていた。
「これなら安心だな」勇希が腕を組んだ。
しおりは疲れた顔をしながらも、どこか満足そうに微笑んだ。
「嫌われても……やってよかった」
その言葉を聞いた春馬は思った。
——誰かの涙を防ぐために嫌われる覚悟、それも勇気のひとつなんだ。
作業を終えたしおりは、体育館の片隅で一人座り込んでいた。春馬が水を持って近づく。
「お疲れ」
「ありがとう。でも、みんなの顔、ちょっと怖かったな」
「それでも、誰もケガしない文化祭になったんだから、間違ってないよ」
しおりは小さく笑った。
「嫌われてもいいって言ったけど、やっぱり怖いんだよね。みんなに嫌われるの」
「俺もそう思ってた。でも……しおりのおかげで守れた笑顔がある。だからさ、ありがとう」
春馬の言葉に、しおりの目が少し潤んだ。
そこへ後輩たちが駆け寄ってきた。
「しおり先輩! 展示、見やすくなりましたね!」
「ほんとに安全になったって、先生たちも褒めてました!」
その声を聞いたしおりは、少し肩の力を抜いた。
「……そう。よかった」
愛理がしおりの隣に座り、そっと肩に触れた。
「嫌われるどころか、感謝されてるよ」
「ふふ、そうかもね」
夜、体育館の照明が落とされ、展示は静かに佇んでいた。低くなった展示は不思議と安定感を増し、観客がどんなに多くても受け止めてくれそうだった。
しおりは小さくつぶやいた。
「守れた……それで十分」
春馬はその背中を見つめながら思った。
——この仲間となら、何があっても最後まで走り抜けられる。



