六月四日、朝の美術室は妙に静かだった。勇希が工具箱を開き、しおりは安全チェックリストを広げている。愛理と恭子は絵の具の調合を始めていた。
しかし肝心の春馬の姿はなかった。
「春馬、今日は遅いな」勇希が腕時計を見た。
「昨日遅くまで作業してたから……疲れたのかもね」愛理がフォローするが、しおりは表情を曇らせた。
「リーダーがいないと進まないわ。責任ある立場なんだから」
作業が滞ったまま一時間が過ぎた。ようやく春馬が駆け込んできたとき、勇希が立ち上がった。
「おい春馬、何やってんだ!」
「ご、ごめん! 寝坊して……」
「寝坊だと?」勇希の声は普段より低く響いた。
「お前、今みんながどんな気持ちで待ってたか分かってるのか?」
春馬は言葉を失った。勇希は続けた。
「リーダーが遅れてたら誰も動けねえ。俺らはお前を信じてここにいるんだぞ」
「……」
「言い訳する暇があったら、今すぐ指示を出せ!」
春馬は深呼吸し、工具のチェックと今日の作業割り振りを始めた。声は少し震えていたが、勇希の厳しい眼差しが背中を押してくれた。
昼休み、春馬は勇希に小さく頭を下げた。
「……ありがとう。叱ってくれて」
「別に怒鳴りたかったわけじゃねえ。でもな、文化祭まで時間ないんだ。お前が迷ってたら間に合わねえ」
その言葉に春馬はうなずき、拳を握った。
——もう二度と遅れない。
午後の作業は、朝とは打って変わって活気に満ちていた。春馬は壁画の下で図面を広げ、指示を出している。
「勇希は足場の点検、しおりは安全確認、愛理は色の調合を続けて。恭子と雅史は道具の管理を頼む!」
全員が声をそろえて「了解!」と返事をした。
勇希が春馬の横に立つ。
「さっきの割り振り、悪くねえな。ちゃんと全体を見てる」
「ほんと? なんか必死で……」
「それでいいんだよ。リーダーは迷ってる暇がない」
夕方、作業が一段落したあと、愛理が笑顔で春馬に水を差し出した。
「今日はがんばったね」
「いや、勇希に叱られてから必死だっただけだよ」
「それでもいいじゃん。叱られるのって悪いことだけじゃないんだね」
しおりも近づいてきた。
「私もね、ちょっと期待してたのよ。春馬が本気で変わる瞬間を」
「変われたのかな……」
「少なくとも今日は」しおりは小さく微笑んだ。
夜、帰り道で春馬は勇希に言った。
「勇希、今日は本当にありがとう。あれで目が覚めた」
「礼なんていい。これからもガンガンいくぞ」
春馬はうなずき、空を見上げた。雲の切れ間から星が顔を出していた。
——この仲間となら、どんなに厳しくても進める。
六月五日の朝、春馬は誰よりも早く美術室に来ていた。道具を並べ、足場の点検を終えたころ、勇希が入ってきた。
「お、今日は早いじゃねえか」
「もう二度と遅れないって決めたから」
勇希は笑って肩を叩いた。
「それでこそリーダーだ」
作業開始時、春馬は昨日よりも大きな声で指示を出した。
「今日は壁の下部を仕上げる! 事故を防ぐため、必ずペアで作業して!」
しおりがうなずき、愛理が明るい声で「了解!」と返す。
夕方には下部の仕上げが完了し、壁画は全体像がはっきり見えるようになった。みんなの顔が誇らしげだった。
「今日一日でこんなに進むなんて」恭子が感嘆の声を上げる。
「やっぱりリーダーが変わると違うわね」しおりがからかうように笑った。
春馬は照れくさそうに頭をかいた。
「俺、一人で決められないと思ってたけど、叱ってくれる仲間がいるから動けたんだ」
勇希は腕を組んで言った。
「叱るのも勇気いるんだぜ。でもそれで誰かが前に進めるなら意味がある」
夜、美術室を出るとき、春馬は壁画を見上げた。
——これからも迷うことはある。でも、そのたびに立ち上がればいい。
春馬の胸には、初めて味わった叱咤の痛みと、それを乗り越えた温かさが残っていた。
しかし肝心の春馬の姿はなかった。
「春馬、今日は遅いな」勇希が腕時計を見た。
「昨日遅くまで作業してたから……疲れたのかもね」愛理がフォローするが、しおりは表情を曇らせた。
「リーダーがいないと進まないわ。責任ある立場なんだから」
作業が滞ったまま一時間が過ぎた。ようやく春馬が駆け込んできたとき、勇希が立ち上がった。
「おい春馬、何やってんだ!」
「ご、ごめん! 寝坊して……」
「寝坊だと?」勇希の声は普段より低く響いた。
「お前、今みんながどんな気持ちで待ってたか分かってるのか?」
春馬は言葉を失った。勇希は続けた。
「リーダーが遅れてたら誰も動けねえ。俺らはお前を信じてここにいるんだぞ」
「……」
「言い訳する暇があったら、今すぐ指示を出せ!」
春馬は深呼吸し、工具のチェックと今日の作業割り振りを始めた。声は少し震えていたが、勇希の厳しい眼差しが背中を押してくれた。
昼休み、春馬は勇希に小さく頭を下げた。
「……ありがとう。叱ってくれて」
「別に怒鳴りたかったわけじゃねえ。でもな、文化祭まで時間ないんだ。お前が迷ってたら間に合わねえ」
その言葉に春馬はうなずき、拳を握った。
——もう二度と遅れない。
午後の作業は、朝とは打って変わって活気に満ちていた。春馬は壁画の下で図面を広げ、指示を出している。
「勇希は足場の点検、しおりは安全確認、愛理は色の調合を続けて。恭子と雅史は道具の管理を頼む!」
全員が声をそろえて「了解!」と返事をした。
勇希が春馬の横に立つ。
「さっきの割り振り、悪くねえな。ちゃんと全体を見てる」
「ほんと? なんか必死で……」
「それでいいんだよ。リーダーは迷ってる暇がない」
夕方、作業が一段落したあと、愛理が笑顔で春馬に水を差し出した。
「今日はがんばったね」
「いや、勇希に叱られてから必死だっただけだよ」
「それでもいいじゃん。叱られるのって悪いことだけじゃないんだね」
しおりも近づいてきた。
「私もね、ちょっと期待してたのよ。春馬が本気で変わる瞬間を」
「変われたのかな……」
「少なくとも今日は」しおりは小さく微笑んだ。
夜、帰り道で春馬は勇希に言った。
「勇希、今日は本当にありがとう。あれで目が覚めた」
「礼なんていい。これからもガンガンいくぞ」
春馬はうなずき、空を見上げた。雲の切れ間から星が顔を出していた。
——この仲間となら、どんなに厳しくても進める。
六月五日の朝、春馬は誰よりも早く美術室に来ていた。道具を並べ、足場の点検を終えたころ、勇希が入ってきた。
「お、今日は早いじゃねえか」
「もう二度と遅れないって決めたから」
勇希は笑って肩を叩いた。
「それでこそリーダーだ」
作業開始時、春馬は昨日よりも大きな声で指示を出した。
「今日は壁の下部を仕上げる! 事故を防ぐため、必ずペアで作業して!」
しおりがうなずき、愛理が明るい声で「了解!」と返す。
夕方には下部の仕上げが完了し、壁画は全体像がはっきり見えるようになった。みんなの顔が誇らしげだった。
「今日一日でこんなに進むなんて」恭子が感嘆の声を上げる。
「やっぱりリーダーが変わると違うわね」しおりがからかうように笑った。
春馬は照れくさそうに頭をかいた。
「俺、一人で決められないと思ってたけど、叱ってくれる仲間がいるから動けたんだ」
勇希は腕を組んで言った。
「叱るのも勇気いるんだぜ。でもそれで誰かが前に進めるなら意味がある」
夜、美術室を出るとき、春馬は壁画を見上げた。
——これからも迷うことはある。でも、そのたびに立ち上がればいい。
春馬の胸には、初めて味わった叱咤の痛みと、それを乗り越えた温かさが残っていた。



