五月三十日。理科準備室には、雅史が集めた廃材と試験用の器具が並べられていた。
 「強度試験、最後の確認をするよ」雅史が落ち着いた声で言った。
  勇希としおり、春馬が見守る中、雅史は木材をクランプに固定し、徐々に荷重をかけていった。
 「これで三十キロ……四十キロ……」
  木材が軋む音が響く。しかし、雅史の表情は動じなかった。
 「まだ大丈夫だな。耐久性は問題なし」
  メモに結果を書き込みながら、雅史は淡々と説明する。
 「廃材でも、補強すれば十分使えることがわかった。あと一つテストしたら終わりだ」
  勇希が笑って肩を叩いた。
 「さすがだな、雅史。お前がいなかったら計画止まってたぞ」
 「いや、みんなが材料を集めてくれたおかげだよ」雅史は少し照れたように答えた。
  試験がすべて終わると、雅史は結果をファイルにまとめて春馬に差し出した。
 「これで安全面の証拠はそろった。副校長に提出すれば問題ない」
 「ありがとう、雅史」春馬は心から頭を下げた。
  その後、美術室に戻り全員に報告すると、愛理が目を輝かせた。
 「これで安心して作業できるね!」
 「そうだな」春馬は頷き、仲間を見回した。「みんなの力でここまで来たんだ。ありがとう」
  恭子が穏やかな笑みを浮かべた。
 「決断できたのね、春馬くん」
 「うん、今回は迷わなかった」
  その言葉に、みんなが小さく笑った。
 五月三十一日、春馬は副校長室の前に立っていた。雅史がまとめた強度試験のデータを手にしている。三日間かけて集めた証拠は、この一枚のファイルに詰まっていた。
  ノックをして中に入ると、副校長は書類を広げて目を通した。
 「……この補強方法なら、確かに安全性は確保されているな」
  しばらく沈黙があったあと、副校長は顔を上げた。
 「よし、許可しよう。ただし、計画書どおりの手順を守ることが条件だ」
 「はい!」春馬は深く頭を下げた。
  職員室を出ると、しおりと勇希が待っていた。
 「どうだった?」
 「許可、出た!」
  春馬の声に、勇希が拳を突き上げた。
 「よっしゃ! これで全開で進められるな!」
  しおりは小さく頷いた。
 「安全面を保証できたのは大きいわ。雅史にも感謝ね」
  夕方、美術室に全員が集まった。春馬は仲間を前に言った。
 「三日間、みんなが頑張ってくれたおかげで許可が出た。本当にありがとう」
  愛理が微笑んだ。
 「春馬くん、決断早かったよね」
 「……あのときは迷わなかった」
  春馬はそう言い、下絵を見上げた。未完成の瞳が、少しだけ自分を認めてくれた気がした。
 作業再開の日。雅史は強度試験で得た知見をもとに、足場や支柱の最終調整を行っていた。
 「この補強材をここに追加すれば、耐荷重は二倍近くなる」
  勇希が感心した声を上げる。
 「やっぱりお前、頼りになるな」
 「いや、数字を出しただけだよ。でも数字があるからみんな安心して動ける」
  しおりが作業指示を出し、愛理と恭子は道具を準備した。春馬は筆を握りながら、仲間の姿を見つめた。
 ——この三日間、みんなが迷わず動いてくれた。俺も迷ってばかりじゃいられない。
  壁画に向かうと、春馬は大きく息を吸い込んだ。
 「描き始めるよ!」
  その声に、全員が一斉に動き出した。
  青灰色のベースがキャンバスに広がり、愛理の淡い青、勇希の濃い青、しおりのピンク、雅史の緑、恭子のクリーム色が重なっていく。未完成の瞳が少しずつ色を帯び、命を宿していくようだった。
  休憩時間、愛理が春馬の隣に座った。
 「春馬くん、この三日間で変わったね」
 「そうかな」
 「うん。前は悩んで止まってたけど、今は違う」
  春馬は照れくさそうに笑い、答えた。
 「みんなのおかげだよ。俺一人じゃ何もできなかった」
  夕暮れ、作業を終えた壁画はまだ途中だったが、確かに形を成し始めていた。春馬はその光景を見て、胸の奥で静かに呟いた。
 ——72時間で得た答えは、迷わないで進むってことだ。