【1話からの長編大賞応募作品】聖花学園~スパダリ姫はヒミツのヴァンパイアを溺愛中!~

 一目惚れ。
 そんなものが本当にあるなんて、私はあの夜初めて知った――。

***

 ここはお嬢様学校と言われている女子校・聖花学園(せいかがくえん)
 本物のお嬢様だけじゃなくて一般家庭の生徒も多く在学しているけれど、基本的に『花のように強く美しくあれ』っていう学園理念のもとみんな健やかに生活している。
 二年生の私、日向夏音(ひゅうがかのん)もその一人。
 今は本日の授業も終わって、学園の片隅にある特別教室で空手部の活動に励んでいるところなんだ。

 十畳ほどしかない畳が敷かれた特別教室は、空手部の部室も兼用している。
 人気のある茶道や華道の部室にはちゃんとした和室が用意されているけれど、このお嬢様学園では空手部は不人気だから専用の道場なんてものはないんだ。
 まあでも、中学生の部活なんだしそんなものだよね、って一般家庭の私は思うんだけど。

 他に五人ほど部員はいるけれど、ほとんどが護身術代わりにやってみようってくらいにしか頑張っていない。
 私は小さい頃から近所の空手道場に通わせてもらっていたから、部活でも練習できればいいなって思って入部したんだけれど、私が通っていた道場と学園の部活では系統が違ってたみたいで、新しく学ぶことも多くて想像してたのとはちょっとちがった。
 まあ、それはそれで楽しいからいいんだけれど。

 部活での練習は主に型の練習をしたり寸止めの組手をしてる。
 だから、今も教わった型を思い出しながら拳を突き出していたんだけど……。

「きゃー! カッコイイ! 今の見ました!?」
「もちろんですわ! 可愛らしいお顔を凛々しく引き締めて、汗を輝かせるヒマワリ様の勇姿! 素敵ですわ~!」

 とつぜん響いた黄色い声に驚いて、次に復習しようと思っていた型を忘れちゃった。
 声の方を見ると、特別教室の入り口のところに空手部員じゃない生徒が多数集まっている。

 私が彼女たちの方を見たことで、目の合った子たちがまた嬉しそうな悲鳴を上げた。

「きゃー! ヒマワリ様と目が合いましたわ!」
「いいえ! 目が合ったのは私よ!」

 ああ、今日も多いなぁ……。
 なんてちょっと呆れながらも、私はできるだけさわやかに見える笑顔を浮かべて彼女たちに手を振る。
 そして『静かにしてね』という意味合いで人差し指を立てて口元に当てると、彼女たちは口を閉じてブンブンと首を縦に振った。

 そうして稽古を再開させながら、我ながらあしらい方が上手くなったなぁなんて思う。

 この聖花学園にはフラワーっていう特殊なシステムがあるんだ。
 生徒会や委員会とは別に、学園の代表として各学年に一人、花の称号を付けられたフラワーと呼ばれる姫が選ばれるの。
 生徒たちのお手本となれるような人が選ばれるんだけれど……なぜか二年では私がフラワーに選ばれちゃったんだよね。

 去年、入学して少し経ってから投票で決められたんだけど、他にもかわいい子はいたから不思議だった。
 でも『花のように強く美しくあれ』って理念の、『強く』の部分が空手部に入っている私にピッタリだったんだって言われて納得したんだ。
 それにフラワーになると色々と特典があるらしくて、なってくれって話に二つ返事でうなずいちゃったんだよね。

 そのときに決められた私の称号はヒマワリ。
 花言葉が『憧れ』『あなただけを見つめる』『情熱』で、ひたむきに頑張っている姿がピッタリだってことで決まっちゃったらしい。
 名前もヒマワリを連想させるからって言っていたけれど、そっちの方が理由としては強い気がするのは私だけだろうか……。

 まあ、そんな感じでちょっと成り行きっぽくはあるけれど、なったからにはフラワーとしてふさわしくなるよう日々頑張ろうと思って生活している。

 そんな風に去年のことを思い出していた私に、空手部の顧問の先生が声をかけてきた。

「あいかわらずの人気ね」

 私のクラス担任でもある立花理香子(たちばなりかこ)先生は、女の人にしては凛々しい顔立ちにあきれたような苦い笑みを浮かべている。
 その顔を見て、私はあわてて頭を下げた。

「ごめんなさい、騒がしくしちゃって……」

 フラワーはあくまで生徒の見本っていう立場なんだけど、なぜか学園内ではアイドルみたいな人気者扱いになってるんだよね。
 フラワーであることに不満はないけれど、私がフラワーになってしまったからこんな風に入部希望者でもない生徒が集まって来て、さっきみたいに騒いじゃうんだもん。
 申し訳ないなって思うよ。

 でも、立花先生はいいよって軽く手を振ってくれる。

「ああ、日向さんが謝る必要はないよ。これもある意味この学園の風物詩みたいなものだし」

 こざっぱりとした性格の立花先生は笑って許してくれて、「それにしても」と腕を組む。

「この様子だと、ロイヤルフラワーは日向さんに決まったようなものだね」

 ロイヤルフラワーっていうのは各学年のフラワーの中から決められる学園の代表なの。
 毎年夏休み前にロイヤルフラワーの証であるネックレスの授与式があるんだ。

 私が学園の代表とかなんの冗談だろうって思うけれど、三年のフラワーは今年は受験に集中したいって言っていたし、一年のフラワーはやる気満々ではあるけれどちょっと特殊な性格の子だし……。
 消去法で私に決まっちゃうのかな、とは思ってる。
 かといって自信を持って『そうですね』なんて言うのも違う気がして笑ってごまかしていると、部長が話に加わってきた。

「授与式の話ですか? まあ、ロイヤルフラワーは夏音さんで決まりでしょうけれど……大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫って、何がですか?」

 心配そうに話す部長・佐々木華子(ささきはなこ)先輩の言葉に、私は首をコテンと傾けて聞く。
 佐々木部長はお父さんがIT企業の重役で、色んな情報に触れているとかで本人も情報通だ。
 今回も私が知らない情報があったみたいで、佐々木部長は声を潜めて私と立花先生に話を聞かせてくれる。

「最近、日本で宝石を狙う怪盗が現れたらしいんです。怪盗シルバーって名乗っているみたいなんですけれど……」
「か、怪盗?」
「シルバー?」

 私と立花先生はそろって困惑の顔になる。
 怪盗なんて、マンガや小説の中でしか見たことがない。
 何かの冗談かなって一瞬思ったけれど、佐々木部長の顔は大真面目だった。ウソでも冗談でもないらしい。

「なんでも特定の宝石しか狙わないらしくて、それがロードライトガーネットらしいんですよ」

 佐々木部長の言葉に立花先生がハッとして指を顎に添える。

「ロードライトガーネットって、ロイヤルフラワーの証のネックレスについている?」
「はい、だから狙われるんじゃないかなって思っていて……」

 立花先生を見上げて話す佐々木部長は、眉を八の字にしている。
 ロードライトガーネットしか狙わないというなら、確かに佐々木部長の心配が的中する可能性は高い。
 もし授与式の前に予告状が来てしまったらどうなっちゃうんだろう?
 盗まれてしまったら、授与式自体なくなっちゃうのかな?

 それは困る! と考えていたんだけれど、佐々木部長は困った顔のまま笑顔を見せた。

「ただ、その怪盗シルバー。宝石を盗んでも、すぐに返しちゃうんですよね」
「「は?」」

 あまりに予想外の言葉に、私と立花先生の声が重なった。

 盗んでもすぐ返すって、何がしたいの? ただの愉快犯?

「理由はわからないけれど、目的のものとは違ったんじゃないかって父は言っていました」

 補足された説明に、そういうこともあるのかって納得する。
 ロードライトガーネットだけを狙っているってことだから、その中でも特別な宝石だけを探しているのかも。

 なんて予想していたら、とつぜん立花先生がパシンと手を叩いて「よし!」と声を上げる。

「念のため、その件は校長先生に伝えておくよ。だから、今は部活に集中しようか」

 さっぱりはっきりと言い切った立花先生のおかげで、私も佐々木部長も表情がふっと軽くなる。
 確かに今は部活中。ロイヤルフラワーの証であるネックレスが盗まれるかもしてないなんて、予告状が来ているわけでもないのに考えても仕方のないことだもん。

「そうですね。じゃあ、よろしくお願いします」
「その通りですね。ちゃんと部活動しましょうか」

 佐々木部長に続いて私も返事をすると、二人はそれぞれの活動をするために離れていく。
 でも、立花先生は途中で止まって私の方を振り返った。

「あ、そうだ。日向さんには話しておこうかな」
「はい? 何をですか?」

 さっきの続きをするために拳を握って構えようとしていた私は、そのままの体勢で聞き返す。
 そんな私に立花先生は簡潔に要件を伝えた。

「明日、うちのクラスに転入生が来るんだ。日向さんの隣の席になる予定だから、気にかけてくれると助かるよ」

 初めて聞く内容に軽く驚いたけれど、フラワーである私に転入生のことを頼むのは理にかなっていると思ったから、素直にうなずいて返す。

「はい、わかりました」

 生徒のお手本となるようふるまうのがフラワーだもの。
 新たな生徒にこの学園のことを教えるならピッタリの人選だよね。

 立花先生は片手を軽く上げて「頼んだよ」と告げると、今度こそ私から離れて行った。

「転入生か……どんな子だろう?」

 明日のことを考えてつぶやいてから、私は意識を切り替えてまた部活に励んだ。