七十パーセントの朝焼け—坂の町で交わす未来の手紙—

 十月二十日、退院して初めての登校日。
  成美は少し緊張した面持ちで校門をくぐった。
  秋風が髪を揺らし、校庭の木々が赤や黄色に色づいている。
  昇降口で待っていた岳が笑顔で手を振った。
 「おかえり、成美!」
 「ただいま」成美は小さく答えたが、その声はもう力強かった。
  教室に入ると、クラスメイトたちが一斉に拍手した。
 「おかえりー!」
  百合子が涙目になりながら近づき、「もう、すっごい心配したんだから!」と抱きしめる。
  真菜が笑いながら花束を差し出し、太陽は照れくさそうに後頭部をかいた。
  哲平は少し顔を背けて「無理すんなよ」と言い、成美の肩を軽く叩いた。
  放課後、六人は学校屋上に集まった。
  街は秋祭りの準備で賑わっており、遠くから太鼓の音が聞こえる。
  岳がフェンスにもたれかかりながら言った。
 「今夜、花火大会があるだろ? 病院じゃ見られなかった本物の花火、みんなで見よう」
 「いいね!」百合子が声を弾ませる。
  太陽はドローンを手にして頷いた。「空撮もばっちりだ」
  真菜は紙袋から飲み物を取り出し、哲平はお守り代わりに持っていた剣道の小さな木札を成美に渡した。
 「退院祝いの代わりだ」
 「ありがとう」成美は微笑んだ。
  夜、屋上に六人が再び集まった。
  秋祭りの提灯が遠くに連なり、夜空は星でいっぱいだった。
  開始を告げる花火の音が鳴り響く。
  夜空に咲く大輪の花火を見上げ、成美は息を呑んだ。
 「きれい……」
  岳が横で笑った。「約束、果たしたな」
  太陽のドローンが上空を飛び、映像がスクリーンに映し出される。
  真菜が「これ、あとで夢ノートに貼ろう」と言い、百合子は泣き笑いしながら頷いた。
  哲平は腕を組み、「お前がここにいるだけで十分だ」とぽつりとつぶやいた。
  花火が終わると、岳がポケットから紙を取り出した。
 「これ、覚えてる? 手術の前に預かった未来の手紙」
  成美は驚いた表情でうなずいた。
  岳が読み上げる。
 〈誰かに生かされている限り、私も誰かを生かしたい〉
  読み終わったあと、成美は泣き笑いで言った。
 「これ、今も同じ気持ち。だから、これからもみんなと生きていきたい」
  真菜が肩を抱き、百合子が「成美ちゃん最高!」と声を上げる。
  岳は読み終えた手紙を大切にたたみ、成美に返した。
 「これは、君が生きようと決意した証だろ。だからこれからは一緒に更新していこうぜ」
  成美は手紙を胸に抱き、深くうなずいた。
  太陽がドローンを着陸させ、撮影した映像をみんなに見せた。
  夜空に開いた花火と笑顔の六人が映し出される。
 「なあ、これ来年もやろうよ」太陽が照れたように言うと、哲平が笑った。
 「お前が言うと絶対実現しそうで怖いな」
 「いや、絶対やるんだって!」
  百合子は放送委員の声で宣言する。「決定! 来年も全員で花火を見ます!」
  真菜が成美の肩を抱き、「そのときはもっとページが増えてるね」と夢ノートを指さした。
  ふと風が吹き、ノートのページが開いた。
  そこには〈誰かの宇宙になりたい〉という成美の新しい目標が書かれていた。
 「宇宙飛行士の夢は延期だけど……」成美が照れ笑いをする。
 「でも、誰かの宇宙になるってどういう意味?」真菜が首をかしげる。
  成美は星空を見上げながら言った。
 「広くて、包んでくれて、安心できる存在ってこと」
  岳はにっこりと笑い、「もうなってると思うけどな」と答えた。
  しばらく無言で夜空を見上げたあと、成美がぽつりと呟いた。
 「みんながいてくれるから、生きていけるんだね」
  百合子が泣き笑いしながら肩を叩く。「そういうこと!」
  遠くで最後の大玉が打ち上がった。
  金色の光が夜空を包み込み、みんなの影を照らし出す。
  その光景を胸に焼き付け、成美は心の中で強く誓った。
 (これからも、何度でも――生きて笑う)
  花火大会が終わっても、六人は屋上から動かなかった。
  夜風が少し冷たく、成美は上着の襟を押さえた。
 「寒い?」岳が気づき、自分のパーカーを差し出した。
 「ありがとう。でも、大丈夫」成美は笑顔で断ったが、その頬は赤らんでいた。
  真菜がぽつりと言う。「なんか……夢みたい」
 「でも現実だよ」百合子が目を潤ませて続けた。「だって、ここに成美ちゃんがいるんだもん」
  太陽も大きく息を吐いて笑った。「やっぱりさ、俺たちって最高のチームだな」
 「チーム?」哲平が少し首を傾げた。
 「だって、誰かが困ったら助けるし、誰かが泣いてたら笑わせようとするだろ? そういうの、もうチームでしょ」
  その言葉に全員がうなずいた。
  岳が視線を星空に移し、静かに言った。
 「これからも一緒にいよう。成美だけじゃなくて、全員でさ。弱いとこも見せ合って、笑って泣いて……そういうのを続けよう」
  成美は胸が熱くなり、ゆっくりと夢ノートを開いた。
  そこには、今日の日付と〈みんなで未来を見る〉という新しい言葉を書き加えた。
  下校の時間が迫り、六人は屋上を後にした。
  校門を出た瞬間、祭り帰りの人波と合流し、提灯の光に照らされた通りを歩く。
  太鼓の音が鳴り響き、焼きそばや金魚すくいの屋台が並ぶ。
  成美はその光景を目に焼き付けた。(生きていてよかった。本当に――)
  屋台の明かりが並ぶ道を歩きながら、成美はみんなの顔を順に見た。
  岳は少し先を歩き、後ろを振り返って笑った。「疲れてない?」
 「うん、大丈夫」成美ははっきり答えた。その声に自分でも驚いた。(本当に強くなれたんだ)
  射的の前で哲平が腕まくりをした。「よし、またぬいぐるみ取ってやる!」
 「こないだもらったやつまだ持ってるよ」成美が笑うと、哲平は耳まで赤くなった。
  百合子は金魚すくいで失敗し、「放送部よりも手先の練習が必要かも」と冗談を言って笑わせる。
  真菜はかき氷を手渡し、「冷たいけど、今の私たちにぴったりの味だよね」と微笑んだ。
  太陽はスマホで集合写真を撮り、「これ、今日一番の写真だな」と満足げだ。
  夜空を見上げると、祭りの最後を飾る小さな花火が上がった。
  その光を浴びながら、成美は夢ノートを胸に抱き、静かに誓った。(私はもう逃げない。みんなと生きていく)